第2回で、指向性スピーカーは可聴音声を超音波に載せて飛ばすと述べました。今回からはその材料を一つずつ分解していきます。最初の材料は当然ながら超音波です——正確には何であり、どんな種類があり、空気中でどのように振る舞う波なのでしょうか。
超音波の定義——「聞こえない音」ではない
教科書的な定義は単純です。人の可聴上限(約20kHz)を超える音。しかしこれは人の耳を基準にした消極的な定義にすぎません。工学の目で見れば、超音波の本質は別のところにあります——超音波は「聞こえない音」ではなく「光のように扱える音」です。波長が短くなることで、音が光のように直進し、反射し、集束する性質を得るからです。指向性スピーカーの全工程がこの性質の上に立っています。
20kHzという境界線も物理定数ではなく、人の聴覚の統計的な上限にすぎません。20kHzの上下で空気の性質が急に変わるわけではありません。波動方程式も、音速も、反射・回折の規則もそのままです。変わるのはただ一つ、波長です。そして波長が変われば、その波でできることが丸ごと変わります。
周波数帯の地図——20kHzの上にも層がある
「超音波」は20kHz以上をひとまとめにした言葉なので、実務ではほとんど役に立ちません。実際の設計では、どの層にいるかによって媒質も部品も応用も全く違います。20℃の空気を基準とする音速343.2m/sで計算した波長とともに整理すると、次のようになります。
| 帯域 | 周波数 | 空気中の波長 | 主な媒質 | 代表的な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 可聴音 | 20Hz~20kHz | 17.2m~17.2mm | 空気 | 音声・音楽 |
| パワー・センシング超音波 | 20~100kHz | 17.2~3.4mm | 空気・液体 | 指向性スピーカー、距離センサ、洗浄 |
| 中周波超音波 | 100kHz~1MHz | 3.4~0.34mm | 液体・固体 | 流量測定、厚物部材の探傷 |
| 診断帯域 | 1~20MHz | (空気中は伝搬不可) | 人体組織 | 超音波画像、血流測定 |
| 超高周波 | 20MHz以上 | (空気中は伝搬不可) | 固体・薄膜 | 音響顕微鏡、高分解能の表層画像 |
表で「空気中は伝搬不可」と書いた欄が重要です。国際標準の計算式(ISO 9613-1)で20℃・湿度50%の空気の吸収を求めると、1MHzで約162dB/mになります。10cm進むだけで16dB、1m進めば162dBが消えます。医療診断がMHz帯を使いながらプローブを体に密着させ、ゼリーを塗る理由がここにあります。高周波の超音波にとって空気は事実上の壁です。指向性スピーカーが数十kHzという低い層にとどまるのも、選択ではなく強制です。
自然はすでに超音波を使っている
超音波は人間の発明品ではありません。コウモリは超音波パルスを放ち、返ってくるエコーを聞いて飛行時間(Time of Flight)で距離を計算します。真っ暗な洞窟で飛ぶ虫一匹を捕らえる精密誘導システムが超音波で動いています。イルカの水中音響探知も同じ原理です。人間の超音波工学は、この「自然のエンジニアリング」を遅れて追いかけたものに近いと言えます。
コウモリが超音波を出すという事実が実験で確認されたのは1941年です。それまでは「コウモリは触覚で障害物を避ける」という説が150年近く通用していました。超音波マイクがなかった時代には、存在するのに聞こえない信号を証明する手段がなかったのです。
コウモリがなぜよりによって超音波を使うのかは、計算するとすぐ分かります。エコー方式の距離分解能は、パルス長τに対してc·τ/2です。パルスが1msなら分解能は17cm——蛾一匹を木の葉と区別できません。パルスを0.1msに縮めれば1.7cmになります。ところが短いパルスを作るには、それだけ周波数が高くなければなりません。1kHzの音では0.1msの間に1周期の10分の1しか収まりませんが、40kHzなら4周期入ります。高周波は短いパルスを許し、短いパルスは細かい距離分解能を与える——コウモリが20~200kHz帯を使う理由です。ちなみに1m先の標的のエコー往復時間は5.83msであり、人が作った超音波距離センサも正確に同じ時間差を読みます。
超音波の種類——縦波と横波
- 縦波(Longitudinal Wave) — 粒子の振動方向と波の進行方向が平行です。圧縮と膨張を繰り返しながら進み、気体・液体・固体のいずれにも存在します。空気中を飛ぶ音はすべて縦波です。
- 横波(Transverse/Shear Wave) — 粒子が進行方向に垂直に振動します。せん断応力が必要なため固体媒質でのみ発生し、液体や気体では存在できません。
両者を分けるのは、媒質がせん断変形に耐えるかです。固体は層が横にすべるとき戻そうとする力(せん断弾性率)を持つので、横波を運べます。空気と水はその力が事実上ゼロで、横に押せばそのまま流れてしまい、戻る復元力がないので横波も成立しません。同じ理由で固体では縦波が横波より速くなります — 圧縮剛性がせん断剛性より大きいからです。
固体の表面や薄い板では縦波と横波が混ざり、表面波や板波のような別のモードが生じます。指向性スピーカーが空気中で扱うのは縦波だけですが、次に扱う圧電トランスデューサ内部(固体)ではこれらのモードがすべて登場します。素子がなぜ特定の厚さ・特定の形状でのみよく振動するのかは結局このモードの話なので、二つのモードの区別は先に身につけておく価値があります。
伝搬特性① 反射と透過——インピーダンスがほぼすべてを決める
異なる媒質の境界で、超音波は一部が反射し一部が透過します。その比率を決めるのが音響インピーダンス Z = ρc(密度 × 音速)です。二つの媒質のインピーダンスがZ₁、Z₂のとき、垂直入射で透過するエネルギーの割合は4Z₁Z₂/(Z₁+Z₂)²で、残りはすべて戻ってきます。
空気のインピーダンスは20℃で413 Raylにすぎません。ほかの物質と比べるとその差は圧倒的です。
| 媒質 | 音響インピーダンス Z | 空気と接したときの透過エネルギー | dB換算 |
|---|---|---|---|
| 空気(20℃) | 413 Rayl | 基準 | — |
| 水 | 1.48 × 10⁶ Rayl | 0.112% | −29.5dB |
| 人体軟部組織 | 1.63 × 10⁶ Rayl | 0.101% | −29.9dB |
| アルミニウム | 1.70 × 10⁷ Rayl | 0.0097% | −40.1dB |
| 圧電セラミック | 3.30 × 10⁷ Rayl | 0.0050% | −43.0dB |
| 鋼 | 4.54 × 10⁷ Rayl | 0.0036% | −44.4dB |
表が語る事実は二つです。第一に、超音波は空気–固体の境界をほとんど通り抜けられません。壁に当たった超音波の99.99%以上が戻ってきます。超音波診断装置や魚群探知機が動作する理由であり、同時に、指向性スピーカーのビームが壁に触れた瞬間その地点が新たな音源のように振る舞い、部屋全体へ音を撒く理由でもあります。第1回で述べた「何に狙いを定めるかが設計の半分」という一文の物理的根拠がまさにこの表です。
第二に、超音波を空気へ送り出すこと自体が難題です。圧電セラミックから空気へ直接放射すると、エネルギーの0.005%、すなわち−43dBしか越えていきません。何の対策もなく作った超音波スピーカーは、電気エネルギーのほぼ全部を素子の中に閉じ込めたまま熱として捨てることになります。そこで中間のインピーダンスを持つ整合層(matching layer)を挟みます。理想的な1/4波長整合層のインピーダンスは二つの媒質の幾何平均√(Z₁Z₂)であり、空気と圧電セラミックなら√(413 × 3.3×10⁷) ≈ 1.2×10⁵ Rayl程度です。この値を満たす物質は自然界に多くないため、実際には発泡体やエアロゲルのような超低密度の多孔質材料を使うか、整合層を何層も重ねます。この問題は第10回のトランスデューサ設計で再び出会います。
伝搬特性② 減衰——空気が超音波を食べる速さ
境界を無事に通過しても、超音波は進みながら減り続けます。原因は二つ重なっています。
- 拡散損失 — エネルギーが広い面積に広がって薄まります。周波数とは無関係で、ビームにまとめれば大きく減らせます。
- 吸収損失 — 空気分子の粘性・熱伝導と、酸素・窒素分子の回転・振動緩和によって音響エネルギーが熱に変わります。周波数の二乗に近い形で大きくなり、ビームにまとめても避けられません。
指向性スピーカーの射程を決めるのは後者です。20℃・湿度50%・1気圧の条件で国際標準の計算式から求めた値は次のとおりです。
| 周波数 | 波長 | 吸収係数 | 10m進んだときの損失 | 振幅が1/eになる距離 |
|---|---|---|---|---|
| 1kHz | 343mm | 0.005dB/m | 0.05dB | 1,862m |
| 10kHz | 34.3mm | 0.159dB/m | 1.6dB | 54.7m |
| 20kHz | 17.2mm | 0.524dB/m | 5.2dB | 16.6m |
| 40kHz | 8.6mm | 1.318dB/m | 13.2dB | 6.6m |
| 60kHz | 5.7mm | 1.980dB/m | 19.8dB | 4.4m |
| 100kHz | 3.4mm | 3.280dB/m | 32.8dB | 2.6m |
| 200kHz | 1.7mm | 8.228dB/m | 82.3dB | 1.1m |
ここで周波数が高いほど精密だが遠くへ行けないという超音波工学の大原則が数字で確認できます。1kHzと200kHzの吸収の差は1,600倍を超えます。指向性スピーカーが40kHz付近に落ち着いたのも、この表の真ん中、つまり直進性と到達距離の折衷点だからです。
設計者が見落としがちなこと——吸収は天気に左右される
吸収係数は固定した定数ではありません。同じ40kHzでも、同じ計算式に条件だけ変えて入れると3倍近く変わります。20℃基準で湿度10%では0.456dB/m、30%で1.068dB/m、55%で1.326dB/mと最悪になり、90%では1.173dB/mへと再び緩やかに下がります。温度を0℃まで下げれば0.450dB/mまで落ちます。10mの距離に換算すると4.5dBと13.3dBの差、すなわち同じ装置が条件によって8dB以上損をする計算になります。
湿度が上がるほど悪くなり続けるのではなく途中で最悪になる理由は、水分子が酸素分子の振動緩和を促して吸収ピークを作るからです。よりによってそのピークが、人が快適と感じる湿度帯と重なります。屋内常設機器を設計する際に最も悪い条件を基準に音圧の余裕をとるべき理由であり、冬の乾いた室内でよく聞こえた装置が梅雨時にこもって聞こえる現象もここから来ています。
近距離音場と遠距離音場——ビームは最初からビームではない
超音波ビームはよく懐中電灯の光のように描かれますが、実際の音場は二つの区間に分かれます。放射面のすぐ前では、面上の各点から出た波の位相がずれて音圧が激しく揺れます。この区間を近距離音場と呼び、直径Dの円形放射面ではその長さはおよそD²/(4λ)です。文献によってはこの境界をレイリー距離 πD²/(4λ)に取ることもあり、同じ条件で約3.14倍遠い値になります——第7・8回は後者を用いています。その先では音圧が距離に反比例して滑らかに減り、指向パターンが安定します。
| 口径 D(40kHz) | −3dBビーム幅 | 近距離音場の長さ |
|---|---|---|
| 50mm | 10.1° | 0.07m |
| 100mm | 5.1° | 0.29m |
| 200mm | 2.5° | 1.17m |
| 300mm | 1.7° | 2.62m |
| 500mm | 1.0° | 7.28m |
ビーム幅は円形一様放射面の−3dB半値幅の近似式θ ≈ 59° × λ/Dで、近距離長はD²/(4λ)で計算しました。表に見える相反が設計の核心です——口径を大きくすればビームは鋭くなりますが、音場が安定する距離も一緒に遠ざかります。直径500mmのパネルは1°の鋭いビームを作りますが、7mの内側は音圧がまちまちな区間なので、近距離での聴取にはむしろ不利です。聴取距離を先に決めて口径を選ぶのが順序です。
超音波は電波ではない
超音波と電波は、反射・屈折・回折・干渉・ドップラー効果という波の共通した振る舞いを見せるため、しばしば混同されます。しかし本質は異なります。超音波は媒質(空気・水・金属)の機械的振動であり、電波は電場と磁場の振動なので真空中でも進みます。速度も約340m/s対光速で比較になりません。
| 項目 | 超音波(音波) | 電波(電磁波) |
|---|---|---|
| 振動するもの | 媒質粒子の位置 | 電場・磁場 |
| 真空中の伝搬 | 不可能 | 可能 |
| 速度 | 約343m/s(20℃の空気) | 約3×10⁸ m/s |
| 波長(40kHz / 40MHz基準) | 8.6mm | 7.5m |
| 空気中の減衰 | 非常に大きい(40kHzで1.3dB/m) | 非常に小さい |
| 基本モード | 縦波(固体では横波も) | 横波のみ |
表の最後の二行が、それぞれの技術の性格を分けています。減衰が大きいので超音波は遠くまで届きませんが、裏返せば数メートル離れれば消える信号ということなので、同じ帯域を隣の部屋で再利用しても干渉がありません。速度が遅いことも欠点ばかりではありません——波長が短いのでミリ単位の構造でビームを作れますし、時間差を測る方式の距離測定が安価な回路で可能になります。
第2回で「音声を搬送波に載せる」というラジオの比喩を使いましたが——比喩が成り立つのは二つの波の変調・ビームフォーミングの仕組みが似ているからであって、同じ波だからではありません。数式の形が同じだけで、物理的な実体は違います。
よくある誤解と限界
- 「超音波は人に何の影響もない」 — 正確ではありません。20kHz以上の空気伝搬超音波について複数の国がおおむね似た曝露勧告値を設けていますが、その根拠となる人体研究の標本が非常に少なく再検討が必要だという指摘が学界から出てきました。さらに可聴上限には個人差と年齢差が大きく、人によっては20kHzの信号が実際に聞こえます。設計時に曝露量と設置距離を併せて決めるべき理由です。
- 「周波数を上げれば必ず良くなる」 — ビームは狭くなりますが、吸収は二乗に近い形で大きくなります。40kHzから80kHzへ上げるとビーム幅は半分になる代わりに、吸収は1.32dB/mから2.61dB/mへと倍になります。どちらが得かは目標距離が決めます。
- 「超音波は壁をよく通り抜ける」 — 正反対です。インピーダンスの表で見たとおり、空気–固体の境界で99.99%以上が反射されます。超音波が壁を越えて聞こえることはなく、吸収は距離に比例して積み上がるので放射面のすぐ前が常に最も強いのです。
まとめ
超音波は20kHzより上の音であり、短い波長のおかげで光のように扱えるようになった音です。空気中では縦波として進み、インピーダンス境界で事実上すべて反射し、周波数が高いほど精密ですが速く減衰します。その減衰は天気によって3倍まで揺れ、ビームが安定する距離は口径の二乗に比例して遠ざかります。この四つの数字の感覚——インピーダンス−43dB、吸収1.3dB/m、ビーム幅59°λ/D、近距離D²/4λ——が以降の各回で繰り返し登場します。
次回は、これらの性質が指向性スピーカーになぜ有利なのか——そして超音波を実際にどうやって作り出すのかを扱います。
シリーズ案内
「指向性スピーカーの科学」は以下の順で続きます。
- 指向性スピーカーとは何か——音の懐中電灯
- 聞こえない音に音を載せる——動作原理の第一歩
- 指向性スピーカーの活用事例——展示・安全・リテール・オフィス
- 超音波とは何か——定義・種類・伝搬特性(今回)
- 以降:なぜ超音波か、パラメトリックアレイ(PAA)、ビームフォーミング、圧電トランスデューサ、ナイキスト、変調、信号処理
本シリーズは、超音波指向性音響技術を自ら研究・整理した自作の講義資料をブログ形式で再構成したものです。図版は当該資料から抜粋しました。
参考資料
- H. E. Bass et al., "Atmospheric absorption of sound: Further developments," JASA 97(1), 680 (1995):本文の吸収係数表(1kHz 0.005・40kHz 1.318・200kHz 8.228dB/m)と湿度・温度依存の表で用いた計算式の原典——国際標準ISO 9613-1の根拠論文
- O. Cramer, "The variation of the specific heat ratio and the speed of sound in air with temperature, pressure, humidity, and CO₂ concentration," JASA 93(5), 2510 (1993):本文の20℃音速343.2m/sおよび波長計算の基準
- D. R. Griffin & R. Galambos, "The sensory basis of obstacle avoidance by flying bats," J. Exp. Zool. 86(3), 481 (1941):コウモリが超音波を使う事実を実験で確定した原論文
- W. W. L. Au & J. A. Simmons, "Echolocation in dolphins and bats," Physics Today 60(9), 40 (2007):コウモリ・イルカの使用周波数帯とパルス設計の概観
- T. E. Gómez Álvarez-Arenas, "Acoustic impedance matching of piezoelectric transducers to the air," IEEE TUFFC 51(5), 624 (2004):圧電体–空気のインピーダンス格差と整合層設計——本文の−43dBおよび幾何平均整合インピーダンスの根拠
- T. G. Leighton, "Are some people suffering as a result of increasing mass exposure of the public to ultrasound in air?," Proc. R. Soc. A 472, 20150624 (2016):空気伝搬超音波の曝露勧告の根拠が薄いという問題提起
- T. G. Leighton, "Public Exposure to Airborne Ultrasound and Very High Frequency Sound," Acoustics Today 16(3), 17 (2020):可聴上限の個人差・年齢差と超音波曝露基準の現状の整理
- P. J. Westervelt, "Parametric Acoustic Array," JASA 35(4), 535 (1963):シリーズ全体の理論的出発点——第6・7回で本格的に扱う
- Acoustic impedance — Wikipedia:Z = ρc の定義と反射・透過係数の式
- Near and far field — Wikipedia:近距離音場の長さ D²/4λ と遠距離条件
- Animal echolocation — Wikipedia:コウモリ・イルカの反響定位の概観