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指向性スピーカーの科学 #07 — PAA理論の深掘り:Berktay・Westervelt・KZK

2026年7月3日·閲覧 101·コメント 0

シリーズ指向性スピーカーの科学·7 / 14話

第6回で、空気が自ら音を復調するという事実まで来ました。今回は、その現象を支配する数学——Berktayの遠距離解、Westervelt方程式、KZK方程式——を扱います。怖がる必要はありません。目標は導出ではなく、各式がどんな問いに答える道具なのかを読み取ることです。そして今回はもう一歩進んで、その式に実際の数値を入れ、40kHz搬送波が作り出す音の大きさまで自分で計算してみます。

空気が行う計算 — E²と二回の微分

自己復調の3段階 — 超音波包絡線の二乗(E²)、二階導関数(∂²/∂t²)、可聴音波の再生

非線形な空気が超音波に対して行うことは、驚くほど二段階の数学にまとめられます。

  1. 二乗の法則(E²) — 強いエネルギーで性質が変わった空気は、超音波信号の包絡線(Envelope)を二乗したものに反応します。
  2. 二階導関数(∂²/∂t²) — そして、その二乗された包絡線の加速度(時間に関する二回微分)に比例する音圧を作り出します。

結果:空気が超音波の包絡線を二乗して二回微分し、可聴音波を再生します。自然がアナログ計算機のように動作しているわけです。

なぜよりによって「二乗」と「二回微分」なのでしょうか。空気の状態方程式は、圧力と密度のあいだに完全な直線関係を与えません。このずれを圧力について級数展開すると、一次項の次に圧力の二乗に比例する項が現れ、その係数をまとめたものが非線形係数βです(空気のβ ≈ 1.2)。音を作るのがこの第二項である以上、復調音の根源は最初から二乗でしかありえません。一方、非線形項が空気中に作るのは分布した音源(source)であり、波動方程式はその音源を時間で二回微分した形で音圧に返してきます。要するに、二乗は媒質の性質から、二階導関数は波動方程式の構造から来るのです。

Berktayの遠距離解 — エンジニアの公式

Berktay遠距離解の概念図 — 変調超音波(P0)が非線形相互作用を経て遠距離の可聴音(Pd ∝ ∂²/∂t² E²)へ復元される過程

上の観察を定量化したものが、1965年のBerktayの遠距離解(Far-field Solution)です。核心となる結論は二つだけ覚えれば十分です。

  • P_d(t) ∝ −∂²/∂t² E²(t) — 遠距離で復元される可聴音圧は、超音波包絡線の二乗の二階導関数に比例します。「何が聞こえるようになるのか」を正確に教えてくれる式です。
  • P_d ∝ P₀², P_d ∝ 1/α — 可聴音は超音波音圧の二乗に比例し、吸収係数αに反比例します。超音波を強く出すほど音は二乗で大きくなり、吸収が大きいほど仮想アレイが短くなって音は小さくなります。

比例記号を等号に変えると次のようになります。半径aの円形音源が軸上距離rに作る復調音圧は

P_d(r, t) = β · a² · P₀² / (16 · ρ₀ · c₀⁴ · α · r) × ∂²/∂t² [ E²(t − r/c₀) ]

記号は、β 非線形係数(空気1.2)、ρ₀ 密度(1.21kg/m³)、c₀ 音速(343m/s)、α 搬送波の吸収係数(Np/m)、P₀ 音源面の超音波音圧、a 音源半径です。二点が目を引きます。分母にc₀の4乗があり、空気(343m/s)が水(1,500m/s)より変換に圧倒的に有利な理由がこの一項だけで説明されます。そして吸収係数αが分母にあります——吸収は普通は損失ですが、ここでは音を作る区間の長さを決める値なので、吸収が小さいほどむしろ音は大きくなります。

この式は設計道具でもあります。包絡線の二乗が聞こえるということは、入力信号をそのまま載せると歪みが生じるという意味なので、あらかじめ信号を補正(前処理)しなければならないという結論が出ます——このテーマは第13・14回の変調・信号処理で再び登場します。

式に数字を入れてみる

抽象的な比例式では感覚がつかめません。実際の値を入れてみましょう。条件は、直径100mm(a = 50mm)の円形アレイ、搬送波40kHz、音源面の超音波音圧130dB SPL(63.2Pa)、変調指数m = 1の単一トーン、観測距離1mです。吸収係数は国際標準の計算式(20℃・湿度50%・1気圧)で40kHzにおいて1.32dB/m = 0.152Np/mです。以下の値はすべて振幅基準で計算しています(実効値に換算すると一律3dB下がります)。

可聴周波数復調音圧音圧レベル(1m)1オクターブの差
200Hz0.0009Pa33.4dB基準
500Hz0.0058Pa49.3dB+12dB/オクターブ
1kHz0.0233Pa61.3dB+12dB
2kHz0.0932Pa73.4dB+12dB
4kHz0.3728Pa85.4dB+12dB

表から三つのことが読み取れます。

  • 変換効率は低い — 130dBの超音波を放って1kHzで得られるのが61dBです。音圧でいえば1/2,700程度。音を作るのが振動板ではなく空気の二次項である以上、避けられない代償です。
  • 傾きがちょうどオクターブあたり12dB — 二階導関数が周波数の二乗(ω²)として効くので、20log₁₀(2²) = 12.04dBです。第2回で述べた「低域が弱い」という限界の正確な出所がこの項です。100Hzまで下がれば1kHz比でさらに40dB落ちます。
  • 搬送波を6dB上げれば音は12dB大きくなる — P_d ∝ P₀²だからです。出力を上げる最も効率的なつまみが搬送波音圧だという意味ですが、超音波曝露の推奨基準とトランスデューサの耐圧がこのつまみの上限を決めます。

変調指数mがそのまま歪率になる

Berktay式の恐ろしいところは、歪率を手で計算できるようにしてくれる点です。包絡線をE(t) = 1 + m·cos(ωt)と置いて二乗すると

E² = (1 + m²/2) + 2m·cos(ωt) + (m²/2)·cos(2ωt)

ここに時間微分を二回施すと、基本波項は2m·ω²、第2高調波項は(m²/2)·(2ω)² = 2m²·ω²になります。二つの値の比は驚くほど簡単です。

第2高調波 / 基本波 = m

変調指数がそのまま第2高調波の比率です。信号を大きく載せるほど、その分だけ正直に歪みがついてきます。

変調指数 m第2高調波比率レベル差全高調波歪(全信号基準)
0.20.20−14.0dB19.6%
0.50.50−6.0dB44.7%
0.80.80−1.9dB62.5%
1.01.000dB70.7%

普通のスピーカーならTHD 1%でも問題視されるのに、ここでは完全な変調で70%が出ます。部品が悪いのではなく、原理がそうなのです。だから実務の解法は部品を替えることではなく、式を逆に先に解いておくことです。送りたい包絡線にあらかじめ平方根をかけてE(t) = √(1 + m·s(t))にすれば、空気が二乗する瞬間に平方根が相殺されてE² = 1 + m·s(t)となり、第2高調波が原理的にゼロになります。プリディストーション(事前歪み補正)がこの技術で選択肢ではなく必須部品である理由です。

仮想アレイはどれくらい長いのか

Berktay式が成り立つには、超音波ビームが「細くまっすぐな管」のように進み、その管に沿って音が少しずつ積み上がる必要があります。この仮想の管をエンドファイアアレイ(end-fire array)と呼びます。長さは二つの値のうち短いほうが決めます。

  • 吸収長1/α — 搬送波が1/eに減る距離です。40kHz・20℃・50%RHで約6.6m。25kHzなら11.9m、100kHzなら2.7mに短くなります。
  • レイリー距離R₀ = πa²/λ — 近距離音場が終わり、ビームが広がり始める地点です。直径100mm・40kHzで約0.92mです。

二つの値を比べると、この設定ではビームが広がり始めた後もかなり長いあいだ音が作られ続けるという意味になります。だから実際の指向性スピーカーの仮想音源はスピーカーの前方数メートルの区間に長く分布します。「音がスピーカーから出るのではなく、空気の柱から出る」という表現が比喩ではない理由がここにあります。

非線形性が吸収より優勢かどうかを判定する無次元数もあります。ゴールドバーグ数(Gol'dberg number)Γは衝撃波形成距離と吸収長の比で、Γ > 1なら非線形効果が先に現れます。上の条件(40kHz、130dB)では衝撃波形成距離が2.56m、Γ ≈ 2.6です。搬送波を120dBに下げるとΓ ≈ 0.81まで落ち、吸収が先に勝ちます——音圧を十分に上げなければパラメトリックアレイはそもそも動作しない、ということをこの数字ひとつが語っています。

三つの式の関係 — マスター、要約版、精密道具

  • Westervelt方程式 — 「マスター方程式」:超音波が進む過程で経験するすべての非線形変化を記述します。正確ですが計算が非常に重く、スーパーコンピュータ級の演算が必要な場合も多いです。
  • Berktayの解 — 「実用的近似式」:Westervelt方程式を遠距離条件で単純に解いた要約版です。実際の製品設計の現場で主に使われます。
  • KZK方程式 — 「精密分析道具」:Khokhlov-Zabolotskaya-Kuznetsov。回折・吸収・非線形性という三大要素を同時に考慮します。ビームパターンを精密にシミュレーションするときに取り出す道具です。

三つの式の関係をもう少し正確に言うと、KZKはWesterveltに放物近似(parabolic approximation)を適用したものです。ビームが軸方向には速く、横方向にはゆっくり変化すると仮定して、横方向の回折をラプラシアンの横成分だけで扱う方式です。この仮定のおかげで計算量が劇的に減りますが、代償として軸から大きく外れた方向(およそ20°以上)の予測精度が落ちます。Berktay解はここからさらに一歩進んで、ビームが広がらないとみなし、軸上の遠距離だけを残したものです。

区分WesterveltKZKBerktay遠距離解
扱う物理非線形・吸収・回折(全方向)非線形・吸収・回折(軸近傍)非線形・吸収のみ
核心仮定2次非線形まで放物近似ビーム非拡散 + 遠距離
有効角度制限なし軸からおよそ20°以内軸上
計算コスト非常に大きい(3次元数値解析)中程度(進行方向マーチング法)手計算可能
主な用途理論的完全性・検証ビームパターン・近距離音場予測出力・歪みの見積り、前処理設計

三つは競合関係ではなく、解像度の異なる地図です。素早い見積りはBerktayで、精密検証はKZKで、理論的完全性はWesterveltで——実務はこう使い分けます。KZKを時間領域で解く数値手法が1980〜90年代に整備されたことで、今日では個人用ワークステーションでもビームパターンのシミュレーションが可能になりました。

スペクトルで見直す可聴音の生成

信号分析 — 40kHzの搬送波と39・41kHzの側波帯(AM変調スペクトル)が非線形混合・自己復調によって1kHzの可聴音を作る

1kHzの音声を40kHzの搬送波に振幅変調(AM)すると、周波数領域には三つの山が現れます——搬送波40kHz、下側波帯(LSB)39kHz、上側波帯(USB)41kHz。第6回で見た「f1とf2の相互作用」の一般形がこれです。空気の非線形混合が隣り合う成分同士の差周波数(1kHz)を生み出し、それが私たちの聞く音になります。時間領域(包絡線の二乗・微分)と周波数領域(側波帯の差周波数)は、同じ現象の二つの表現なのです。

周波数領域で見ると、前節の歪みもただちに説明できます。40kHzと41kHzが混ざって1kHzを作ると同時に、39kHzと41kHzも混ざって2kHzを作ります。この2kHzこそが第2高調波です。二つの側波帯の大きさはそれぞれ搬送波のm/2なので、掛け合わされるとm²/4に比例し、搬送波と側波帯の積はm/2に比例します。比を取れば再びmが出てきます——時間領域の計算とまったく同じ答えです。

Berktay解が通じないところ — 限界とよくある誤解

  • 遠距離専用である — この式は仮想アレイが終わった後を記述します。スピーカーのすぐ前(レイリー距離の内側)の音圧をこの式で計算すると、実際より過大評価します。近距離の予測はKZKの担当です。
  • 軸上専用である — ビーム幅や横に漏れる量は教えてくれません。「可聴音の指向性がなぜ搬送波より広いのか」といった問いには答えられません。
  • 飽和を知らない — P_d ∝ P₀²は無限に成り立つわけではありません。搬送波が十分に強くなると超音波自体が高調波へエネルギーを流して飽和し、その後は搬送波を上げても可聴音は比例して大きくなりません。ゴールドバーグ数が1を大きく超える領域では特にそうです。
  • 「非線形だから何の音でも作れる」という誤解 — 作られるのは、すでに包絡線に載っていた成分とその組み合わせだけです。なかった情報が生まれることはありません。
  • 「空気中でしか起きない現象」という誤解 — この理論はそもそも水中ソナーのために作られました。水はβが3.5と大きい一方、c₀が4倍以上あるためc₀⁴項によって変換効率は低く、代わりに吸収がはるかに小さいので仮想アレイが数十〜数百メートルに伸びます。同じ式、違う定数、まったく違う設計結論です。

まとめ

PAA理論の骨格は三つの文に収まります。空気は強い超音波の包絡線の二乗を二回微分して聞かせてくれる(Berktay)。そのすべての非線形過程の完全な記述はWestervelt方程式が担う。回折・吸収まで含む精密シミュレーションはKZKが受け持つ。ここに今回得た数字を添えれば——オクターブあたり12dBの低域不足、変調指数と同じ大きさの第2高調波、搬送波6dBあたり可聴音12dB、6.6mの仮想アレイ——この技術の設計上の余地がどこにあるかが鮮明になります。次回は、こうして作られた音を狙った方向へ照準する技術——フェーズドアレイとビームフォーミングへ進みます。

シリーズのご案内

「指向性スピーカーの科学」は以下の順序で続きます。

  1. 指向性スピーカーとは何か — 音の懐中電灯
  2. 聞こえない音に音を乗せる — 動作原理の第一歩
  3. 指向性スピーカーの活用事例 — 展示・安全・リテール・オフィス
  4. 超音波とは何か — 定義・種類・伝播特性
  5. なぜ超音波なのか — 生成原理と応用マップ
  6. 空気がスピーカーになる魔法 — PAA非線形音響
  7. PAA理論の深掘り — Berktay・Westervelt・KZK(今回)
  8. 以降:ビームフォーミング、圧電トランスデューサ、ナイキスト、変調、信号処理

本シリーズは、超音波指向性音響技術を自ら研究・整理した自作の講義資料をブログ形式に再構成したものです。図版は当該資料から抜粋しました。

参考資料

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