第11回で40kHz搬送波をデジタルで作る準備が整いました。いよいよ、本シリーズが冒頭から先送りしてきた問いに正面から向き合う番です——音を搬送波に「載せる」とは正確には何なのか?今回は変調(Modulation)の基礎文法として、AM・FM・PWMの三方式を比較します。
波の三つのつまみ
一つの波は三つの属性で決まります——振幅(Amplitude、音の大きさ)、周波数(Frequency、音の高さ)、そして波長(Wavelength)です。変調とは、このうち一つのつまみを情報に従って揺らすことです。どのつまみを握るかが、変調方式の名前になります。
- AM(振幅変調)——搬送波の振幅を信号に従って変えます。波形の「殻(包絡線)」に情報が収まります。
- FM(周波数変調)——振幅は一定に保ち、周波数を変えます。波形が密になったり疎になったりして情報を担います。
- PWM(パルス幅変調)——まったく別のアプローチです。電圧をオン(Max)とオフ(Zero)の二値だけにして、パルスの幅で情報を表現します。0と1のデジタル世界ともっとも相性のよい方式です。
変調という概念そのものは、1920年代の無線通信で理論的に整理されました。Carsonが1922年に発表した「Notes on the Theory of Modulation」は、搬送波に情報を載せたときどの周波数成分が、どれだけ広い帯域にわたって生じるかを初めて明確に定式化した論文です。100年経った今もFMの帯域幅推定に使う「Carsonの法則」はここから出ました。指向性スピーカーは電波の代わりに超音波を搬送波に使うだけで、この文法をそのまま受け継ぎます。
三方式を比べる前に、一つの区別を先に立てておくとよいでしょう。AMとFMは「情報をどの物理量に刻むか」を定める規則です。一方PWMは「その波形をいかに力強く送り出すか」に近いものです。三つを一列に並べると対等な競争相手に見えますが、実際の設計では層が違います。本稿の結論も結局そこへ収束します。
AM——器としての包絡線
AMの数式と側波帯の構造は第2回ですでに立ててあります。搬送波の振幅を信号に比例して上下に揺らすと搬送波周波数の両脇に側波帯(Sideband)が生じ、40kHz搬送波に20kHzまでのオーディオを載せるとスペクトルは20~60kHzを占める、という話でした。ここではその次の問いへ進みます——その帯域に載った電力はどう分配されるのか?
送出電力の配分を計算すると、AMの性格が見えてきます。正弦波の単一トーンを変調指数mで載せたとき、全平均電力のうち側波帯が占める割合は m² / (2 + m²)です。搬送波成分そのものは情報を一切含まないのに、残りの電力をすべて持っていきます。計算すると次のようになります。
| 変調指数 m | 搬送波電力の割合 | 側波帯電力の合計 | 片側の側波帯 |
|---|---|---|---|
| 0.1 | 99.50% | 0.50% | 0.25% |
| 0.3 | 95.69% | 4.31% | 2.15% |
| 0.5 | 88.89% | 11.11% | 5.56% |
| 0.7 | 80.32% | 19.68% | 9.84% |
| 1.0 | 66.67% | 33.33% | 16.67% |
表の値はm² / (2 + m²)という一つの式からそのまま出てきます。m = 1.0、つまり過変調の直前まで満たしても情報が載っている分は全体の三分の一にとどまり、m = 0.3のようにおとなしく使えば約4%にすぎません。通常のラジオ放送なら「電力の無駄」という批判で終わる話です。ところが指向性スピーカーでは判断が逆転します。後述するとおり、空気が音を復元するには搬送波が必ず一緒にいなければならないからです。無駄に見える搬送波電力こそが、復調器を回す燃料なのです。
AMのもう一つの美点は実装が単純なことです。情報を載せる演算は掛け算一回、受ける側は包絡線を追うだけで済みます。ラジオの時代にダイオード一個とコンデンサ一個で作った「包絡線検波器」が通用した理由であり、100年後に空気がその役割を代行できる理由でもあります。
FM——雑音に強い代わりに帯域を食う
FMは振幅に手を触れません。信号が大きくなれば瞬時周波数が上へ、小さくなれば下へ動くだけで、波形の背丈は最初から最後まで一定です。この性質からFMの有名な長所が生まれます——自然界の雑音はほとんど振幅に乗るため、受信機が振幅情報を丸ごと捨てても(リミッタ)情報は無傷で残ります。Armstrongが1936年の論文で実証したのがまさにこの雑音抑圧効果であり、以後音楽放送がFMへ移った契機となりました。
代償は帯域幅です。Carsonの法則は、FM信号が実質的に占める帯域をBW ≈ 2 × (Δf + f_m)と見ます。Δfは周波数偏移(信号が最大のとき搬送波がどれだけ押しやられるか)、f_mはオーディオの最高周波数です。偏移比 β = Δf / f_m を変えて計算すると次のとおりです。
| 変調方式 | 条件 | 占有帯域幅 | 40kHz搬送波との比 |
|---|---|---|---|
| AM・SSB | オーディオ 8kHz | 8kHz | 0.20倍 |
| AM・SSB | オーディオ 20kHz | 20kHz | 0.50倍 |
| AM・DSB | オーディオ 8kHz | 16kHz(32~48kHz) | 0.40倍 |
| AM・DSB | オーディオ 20kHz | 40kHz(20~60kHz) | 1.00倍 |
| FM(β = 1) | オーディオ 8kHz、Δf 8kHz | 32kHz | 0.80倍 |
| FM(β = 1) | オーディオ 20kHz、Δf 20kHz | 80kHz | 2.00倍 |
| FM(β = 5) | オーディオ 20kHz、Δf 100kHz | 240kHz | 6.00倍 |
表の値は、AMはDSBが2·f_m、SSBがf_m、FMはCarsonの法則2(Δf + f_m)をそのまま代入したものです。FMの魅力である雑音耐性はβを大きくするほど良くなりますが、β = 5の「高忠実度FM」を40kHz搬送波に載せると帯域は240kHz、搬送波の六倍になります。搬送波より広い帯域を要求する変調は物理的に成立しません。スペクトルが0Hzより下へ折り返してしまうからです。FMが放送で88~108MHzという高い搬送波を使うのは偶然ではなく、帯域を賄える場所まで登った結果です。
この表から、指向性スピーカーの設計者が得る最初の実務感覚が生まれます。40kHzという搬送波の予算の中で使える選択肢は、事実上AM系、それもオーディオ帯域を制限した形だけです。なぜ市販の指向性スピーカーが超高音を諦めて音声帯域に集中するのかは、第14回で正面から扱います。
PWM——情報の言語ではなく、電力の言語
PWMは前の二つとは肌合いが違います。出力は完全オンと完全オフの二値だけで、情報は一周期のうちオンでいる時間の比率(デューティ比)に収まります。肝心なのはその次です——この矩形波をローパスフィルタに通すと、残るのはデューティ比に比例した平均値です。デューティ50%なら電源電圧の半分、75%なら四分の三。つまりPWMはスイッチだけでアナログの振幅を模倣する方法です。
この視点で見ると、PWMはAM・FMと同じ層の競争相手ではありません。AM信号の瞬時振幅をデューティ比に書き写せばそれがPWM信号であり、フィルタ(あるいはトランスデューサの共振そのもの)を通れば元のAM波形が甦ります。情報は依然としてAMが担い、PWMはそれを運ぶ手段なのです。
それでもPWMをあえて使う理由は一つ、効率です。増幅素子で熱が出る根本原因は「素子の両端に電圧がかかった状態で同時に電流が流れること」です。リニア増幅器はこの状態を保ち続けます。スイッチング増幅器は完全にオンのとき(電圧ほぼ0)か完全にオフのとき(電流0)にしか留まらないので、原理的に損失が小さくなります。理論最大効率を整理すると次のとおりです。
| 増幅方式 | 理論最大効率 | 根拠 | 実使用域の効率 |
|---|---|---|---|
| Class A(直列給電) | 25% | 最大負荷電力 ÷ 定電流消費電力 | 10%以下(信号が小さいほど悪化) |
| Class A(トランス結合) | 50% | 同じ計算、直流損失を除去 | 20%前後 |
| Class B/AB(プッシュプル) | 78.5% | π/4 | 振幅が最大の半分なら39% |
| Class D(スイッチング) | 95%以上 | 導通損失のみ見て R/(R + 2·R_ds) | 負荷8Ω・R_ds 0.1Ωなら97.6% |
Class Bの78.5%は正弦波の半周期を積分してπ/4を得る古典的な結果で、実際には効率が振幅に比例して下がり、半分の振幅では39%になります(表)。音楽のように平均レベルがピークよりずっと低い信号では、リニア増幅器の実効効率はさらに下がります。一方Class Dの損失は主にスイッチがオンのときの抵抗から来るため、導通抵抗0.1Ω・負荷8Ωの条件で 8 / (8 + 0.2) = 97.6%となります。実際にはスイッチング損失とデッドタイムが加わり、90%台前半から中盤が現実的な値です。
PWMにも代償はあります。矩形波はスイッチング周波数の整数倍ごとに強い成分を持つ櫛形スペクトルを作り、これらの成分は望まない帯域にまでエネルギーを撒きます。またデューティを何段階に刻めるかがそのまま分解能になるため、第11回のナイキストの議論がここでも繰り返されます。60kHzの上側波帯まで再現するにはスイッチング周波数が最低120kHz、実務的には300~600kHz必要で、そこへ10ビットのデューティ分解能(量子化SNR約62dB)を載せるには400kHz × 1024 ≈ 410MHzのタイマクロックが要ります。安価なマイコンでは賄いにくい数字であり、これが指向性スピーカーの駆動段に専用ロジックや高速タイマが求められる理由です。
AM対FM——ラジオが教えてくれるトレードオフ
二方式の性格の違いは、ラジオ放送ですでに検証されています。
- FM——高忠実度、到達距離は短い:雑音(大半は振幅に乗る)に強く音質がよい。音楽放送がFMである理由です。
- AM——遠距離、品質は低い:音質は劣るが遠くまで届く。災害警報やニュースがAMを使う理由です。
ただしこの対比を「変調方式の優劣」と読むのは誤解です。FM放送が遠くまで届かないのは変調のせいではなく、FM放送が使う搬送波周波数が高く直進性が強いため、地平線の向こうへ回折しないからです。AM放送が遠くまで届くのも変調の手柄ではなく、中波が電離層で反射するからです。つまりラジオの経験則は「変調方式+搬送波帯域」が組み合わさって生んだ結果です。指向性スピーカーのように搬送波が40kHzに固定された舞台では、この経験則をそのまま持ち込むことはできず、最初から検討し直す必要があります。
三方式の一覧比較
ここまでの内容を一枚にまとめると次のとおりです。この表が今回の骨格です。
| 項目 | AM | FM | PWM |
|---|---|---|---|
| 情報を載せるつまみ | 振幅(包絡線) | 瞬時周波数 | パルス幅(デューティ) |
| 包絡線の状態 | 信号に応じて変わる | 常に一定 | フィルタ後の平均が信号に追従 |
| 占有帯域(オーディオ20kHz) | 40kHz(DSB)/ 20kHz(SSB) | 80~240kHz | スイッチング周波数の整数倍ごとに櫛 |
| 振幅雑音への耐性 | 弱い | 強い | 中程度(デジタル判定のため強い) |
| 相性のよい増幅方式 | リニア(Class A/AB) | リニアまたはスイッチング | スイッチング(Class D) |
| 増幅効率 | 理論上限25~78.5% | 理論上限78.5% | 90%以上 |
| 実装の難易度 | 低い(掛け算一回) | 中程度(位相の積分) | 中程度(高速タイマが必要) |
| 空気が復調できるか | できる | できない | 運搬手段のため該当なし |
| 指向性スピーカーでの役割 | 情報のエンコード | 不適 | 電力の伝達 |
指向性スピーカーの特殊な条件——受信機が「空気」である
ラジオには電子回路の受信機があるので、どんな変調でも復調できます。しかし指向性スピーカーの受信機は空気です。そして第7回で見たBerktayの法則が言うとおり、空気は包絡線(振幅の殻)の二乗を二回微分したものだけを音に戻します。つまり空気は、振幅に載った情報しか「解読」できない偏食の受信機です。
この一行が三候補の運命を分けます。
- FMは原理的に脱落です。FM信号の包絡線は定数です。定数を二乗しても定数、定数を二回微分すればちょうど0。どれほど強いFM超音波を放っても、空気が生む可聴音は理論上ありません。雑音耐性というFM唯一の強みもここでは無意味です——そもそも復調が起こりません。
- AMは通過です。包絡線こそが情報であり、空気がしていることが包絡線検波なので、両者の相性が合います。ただし「二乗」と「二回微分」という空気特有の癖のため、そのままでは歪みと低域不足がついてきます。その補正が第13・14回の主題です。
- PWMは審判の対象ではありません。そもそも空気に解読を委ねる信号ではなく、AM波形をトランスデューサまで効率よく押し出す方式だからです。
整理すると、指向性スピーカーの答えは三つから一つを選ぶ問題ではなく、「AMで設計しPWMで駆動する」という二段構成です。第13回では、この構成を実際の回路とトランスデューサ特性に合わせて組み立てます。
よくある誤解三つ
誤解1——「FMは音質がよいから指向性スピーカーもFMがよい」。FMの音質優位は、電子回路の受信機がリミッタと弁別器を備えている場合の話です。空気にはそんな回路がありません。復調器を替えられない以上、信号を復調器に合わせるほかありません。
誤解2——「PWMはAMより優れた変調方式だ」。層が違います。PWMは振幅を時間に置き換えて表現したものなので、ローパスの後には元の振幅情報に戻ります。AMを置き換えるのではなく、AMを運ぶのです。
誤解3——「搬送波電力は情報がないので無駄だ」。通信では正しい指摘であり、だからこそSSBや搬送波抑圧方式が発達しました。しかし指向性スピーカーにおいて搬送波は空気という復調器が動作するための基準信号です。搬送波を消せば復調に必要な基準が失われ、音は大きく歪みます。通信の常識がここでは通用しない代表例です。
まとめ
変調は、搬送波の振幅(AM)・周波数(FM)・パルス幅(PWM)のいずれかに情報を載せる技術です。AMは帯域が狭く実装が単純で情報を包絡線に残し、FMは雑音に強い代わりに40kHz搬送波では賄えない帯域を要求し、PWMは情報を担う方式というより90%以上の効率で電力を伝える手段です。
一般の通信では用途に応じて選べばよいのですが、指向性スピーカーの復調器は電子回路ではなく非線形の空気という特殊な受信機です。空気は包絡線しか読まないためFMは原理的に無音であり、答えはAMでエンコードしPWMで駆動するへと絞られます。次回はこの結論を、トランスデューサの狭い共振帯域という現実条件の上に置き、歪みを減らすための変調方式を定量的に比較します。
シリーズ案内
「指向性スピーカーの科学」は以下の順で続きます。
- 指向性スピーカーとは何か——音の懐中電灯
- 聞こえない音に音を載せる——動作原理の第一歩
- 指向性スピーカーの活用事例——展示・安全・リテール・オフィス
- 超音波とは何か——定義・種類・伝播特性
- なぜ超音波なのか——生成原理と応用地図
- 空気がスピーカーになる魔法——PAA非線形音響
- PAA理論の深化——Berktay・Westervelt・KZK
- 音を狙う——フェーズドアレイとビームフォーミング
- 圧電効果——電気が音になる瞬間
- 超音波トランスデューサ設計——共振と配置
- ナイキスト定理——デジタル音の出発点
- 変調入門——AM・FM・PWM一覧比較(今回)
- 以降:指向性スピーカーの変調戦略、信号処理最適化
本シリーズは、超音波指向性音響技術を自ら研究・整理した自主講義資料をブログ形式に再構成したものです。図版は当該資料から抜粋しています。
参考資料
- J. R. Carson, "Notes on the Theory of Modulation," Proc. IRE 10(1), 57 (1922):変調が生む側波帯と占有帯域を初めて定式化した論文。本文のFM帯域幅表の根拠式 BW ≈ 2(Δf + f_m) の出典
- E. H. Armstrong, "A Method of Reducing Disturbances in Radio Signaling by a System of Frequency Modulation," Proc. IRE 24(5), 689 (1936):FMの雑音抑圧効果を実証した原典。本文「FMは振幅雑音に強い」の根拠
- H. O. Berktay, "Possible exploitation of non-linear acoustics in underwater transmitting applications," JSV 2(4), 435 (1965):空気が復元する音が「包絡線の二乗の二階微分」であるという関係式。FM脱落判定の数学的根拠
- P. J. Westervelt, "Parametric Acoustic Array," JASA 35(4), 535 (1963):二つの超音波成分の非線形相互作用で差周波が生成されるという理論
- M. Yoneyama et al., "The audio spotlight: An application of nonlinear interaction of sound waves to a new type of loudspeaker design," JASA 73(5), 1532 (1983):空気中のトランスデューサ配列でAM変調超音波から可聴音を得た実験
- T. Kamakura et al., "Parametric loudspeaker — characteristics of acoustic field and suitable modulation of carrier ultrasound," Electron. Commun. Jpn. 74(9), 76 (1991):搬送波の変調方式によって音場と歪み特性がどう変わるかを比較した研究
- "Dynamic single sideband modulation for realizing parametric loudspeaker," AIP Conf. Proc. 1022, 613 (2008):本文SSB帯域幅の項の背景。側波帯処理で帯域と歪みを同時に抑える手法
- US 5,889,870 — Acoustic heterodyne device and method:超音波搬送波にオーディオを載せて可聴音を得る方式の特許
- Amplitude modulation — Wikipedia:側波帯電力比 m²/(2+m²) を含むAMの基本関係式
- Carson bandwidth rule — Wikipedia:FM帯域幅表の計算に用いた近似式の整理
- Pulse-width modulation — Wikipedia:デューティ比と平均電圧の関係、櫛形スペクトルの概要
- Class-D amplifier — Wikipedia:スイッチング増幅器の損失構造と効率範囲。増幅効率表のClass D項の根拠