これまでの四編で作ってきたものを数えてみます。シリコン結晶があり、そこに不純物を入れて N 型と P 型を得て、その二つを貼り合わせて PN 接合を作りました。そのたった一つの接合から、ダイオードとコンデンサが生まれました。
ここまでの部品はいずれも端子が二つです。端子が二つであれば、できることは決まっています。電流を流すか、遮るか——そのどちらかです。扉を開けたり閉めたりする仕事です。
この編では端子をもう一つ付け足します。すると素子の性格がまるで変わります。開け閉めするのではなく、どれだけ開けるかを決められるようになります。それがトランジスタであり、この編ではその最初の形である双極接合トランジスタ(BJT、Bipolar Junction Transistor)を見ていきます。
本文の条件値は計算の道筋を示すための例であり、特定の企業の仕様ではありません。引用した数値と記述はいずれも公開文献で確認した値であり、出典は記事の末尾に記します。
端子が三つあるということ
ウィキペディアの「Transistor」の項目は、トランジスタをこう定義しています——電気信号と電力を増幅またはスイッチングするために用いる半導体素子であり、回路に接続するための端子が少なくとも三つあり、一対の端子に加えた電圧または電流が、別の一対を通る電流を制御する、というものです。
最後の一節が要です。端子が三つとは「二つ足す一つ」です。電流が通る道が二つの端子のあいだに置かれ、残った一つがその道を制御します。
水道の蛇口を思い浮かべると近いでしょう。水が入る側と出る側があり、取っ手はそれとは別にあります。取っ手を回すのに要る力は小さいのに、その力で調節される水流は大きい。「Transistor」の項目はこの点をはっきりと記しています——制御される側(出力)の電力が制御する側(入力)の電力より大きくなりうるため、トランジスタは信号を増幅できる、と。
名前もここから出ています。「Transistor」の項目は、transistor という語が transresistance(伝達抵抗)を縮めたものであり、John R. Pierce が名付けたと記しています。最初に動作した素子は、1947 年にベル研究所で John Bardeen、Walter Brattain、William Shockley が作った点接触トランジスタです。
名前に「抵抗」が入っている点が目を引きます。端子が三つのこの素子を外から見ると、入力側の信号に応じて出力側の抵抗が変わるものに見えるからです。前編までの部品は抵抗が決まっていましたが、いまその抵抗が取っ手を持ったわけです。
BJT の構造——接合が二つある
ウィキペディアの「Bipolar junction transistor」の項目は、BJT を電子と正孔の双方を電荷キャリアとして用いるトランジスタと定義しています。「双極(bipolar)」という名はここから来ています。キャリアが一種類ではなく二種類だという意味です。
構造はそれぞれ異なるドーピングを施した三つの領域です。エミッタ・ベース・コレクタ。そしてその三つのあいだにPN 接合が二つできます。前編まで扱ってきた接合が一つから二つに増えた——構造としてはそれがすべてです。
ドーピングの順が N-P-N なら NPN、P-N-P なら PNP です。真ん中の層がベースです。
- エミッタ(emitter)——キャリアを注入する側です。
- ベース(base)——真ん中の薄い層です。制御はここで起こります。
- コレクタ(collector)——渡ってきたキャリアを集める側です。
三つの領域はドーピング濃度が互いに異なります。文献は、エミッタが残り二層に比べて濃くドープされ、コレクタはベースより薄く(およそ十分の一)ドープされると記しています。エミッタを濃くする理由も併せて記されています——エミッタ注入効率、すなわちエミッタが注入するキャリアとベースが注入するキャリアの比を大きくするためです。注入はエミッタがほぼ独りで担うように作られているわけです。
この非対称性のため、エミッタとコレクタは入れ替えられません。文献は、BJT が他の一部のトランジスタと違って対称素子ではなく、コレクタとエミッタを入れ替えると順方向能動領域から外れると述べています。図の上で両端の二層が同じに見えても、同じものではありません。
なぜベースは薄くなければならないのか
BJT の核心は、ベースという一つの層のなかに収まっています。
NPN を例に取ります。エミッタ–ベース接合に順方向電圧を加えるとその接合は順方向バイアスとなり、文献の記述どおりエミッタからベースへ電子が流れ込みます。前編のダイオードと同じ動作です。
問題はその先です。ベースは P 型であり、そこでは電子は少数キャリアです。正孔で満ちた場所に電子が入り込んだわけです。これらの電子は、濃度の高いエミッタ側から濃度の低いコレクタ側へと拡散していきます。文献はこの流れを、ベースを横切る拡散電流と記しています。途中で正孔と出会えば再結合して消えてしまいます。
無事に渡り切った電子はベース–コレクタ接合に達します。その接合は逆方向です。ところが逆方向接合は少数キャリアにとって壁ではなく下り坂です。文献は、ベースとコレクタのあいだに存在する電界がこれらの電子の大部分をコレクタへ渡らせると記しています。それがコレクタ電流です。
ですからこの素子の性能は、どれだけ多くの電子が消えずにベースを渡るかで決まります。文献は条件を三行で記しています。
- コレクタ–ベース接合に達する前に再結合するキャリアを減らすには、ベースはキャリアが少数キャリア寿命よりはるかに短い時間で拡散して渡り切れるほど薄くなければならない。
- とりわけベース厚は、キャリアの拡散長よりはるかに小さくなければならない。
- ベースを薄くドープすれば再結合速度が下がる。
「ベースは薄い」という言葉は、ですから形についての記述ではありません。時間についての記述です。電子が消える前に向こう岸へ達しなければならず、その制限が厚さを決めます。同じ理由でベースは濃くドープできません。濃ければ出会う正孔が増え、途中で消える電子も増えるからです。
β——小さな電流が大きな電流を作る
ではこの構造がどれほどの利得を与えるのかを、数で見ていきます。文献は二つの電流利得を定義しています。
αF = IC / IE——ベース接地電流利得です。エミッタから出た電流のうち、コレクタに達した分の割合です。文献はこの値が 1 に近く、0.980 から 0.998 のあいだだと記しています。
βF = IC / IB——エミッタ接地電流利得です。部品資料に hFE と表記される値がこれです。文献は、小信号トランジスタの場合この値が 50 より大きいと記しています。
三つの端子の電流は一つに結ばれています。文献はエミッタ電流が残り二つの電流の和であると記しています——IE = IB + IC。この一行があれば、二つの利得は互いに書き換えられます。
β = IC / IB = IC / (IE − IC) = α / (1 − α)
「Bipolar junction transistor」の項目はこの関係式をそのまま載せています。上の α の範囲をここに代入してみます。代入する値は、文献が記した範囲の両端とその中間です。
- α = 0.980 → β = 0.980 / 0.020 = 49
- α = 0.990 → β = 0.990 / 0.010 = 99
- α = 0.998 → β = 0.998 / 0.002 = 499
この三行が、この編でもっとも見どころのある箇所です。α は 0.980 から 0.998 へ、二パーセントにも満たない上がり方をしました。ところが β は 49 から 499 へ、十倍になりました。
分母が (1 − α) だからです。α が 1 に近づくほど分母は 0 に近づき、商は急激に大きくなります。分母に座っているのは、ベースを渡れなかった残りです。利得を決めるのは渡った側ではなく、渡れなかった側なのです。
前節のベースの話がここにつながります。ベースを薄く、薄くドープして作るという仕事は、α を 0.98 から 0.998 の側へ押し上げる仕事です。そのごくわずかな差が、利得を十倍に変えます。逆にベースが厚ければ途中で消える電子が増え、分母が大きくなって利得は崩れ落ちます。
ベース電流の正体もこれではっきりします。ベース電流は再結合で失った分と、ベースが逆に注入する分です。β が 99 だというのは「1 を失う代わりに 99 を渡す」という意味です。ベース端子に流し込む小さな電流がコレクタの大きな電流を作っているように見えますが、実際に起きているのは大きな流れから漏れる分を補っているということです。
三つの動作領域
接合が二つあるので、それぞれの接合に順方向・逆方向を加える組み合わせが四つ出てきます。文献が整理したとおりです。
- 遮断(cut-off)——二つの接合がいずれも逆方向です。文献は電流がほとんど流れず、これが論理の「オフ」、すなわち開いたスイッチに当たると記しています。
- 順方向能動(forward-active)——エミッタ–ベースが順方向、ベース–コレクタが逆方向です。先ほど追ってきた動作がこれです。文献は、ほとんどの BJT がこの領域で βF が最大になるよう設計されると記しています。増幅の領域です。
- 飽和(saturation)——二つの接合がいずれも順方向です。文献はこれが論理の「オン」、すなわち閉じたスイッチに当たると記しています。
- 逆方向能動(reverse-active)——エミッタ–ベースが逆方向、ベース–コレクタが順方向です。エミッタとコレクタの役割が入れ替わった状態です。構造が非対称なので、この向きでは本来の働きをしません。
ここでこの素子の二つの顔が分かれます。
- スイッチとして使うときは遮断と飽和、両端だけを使います。真ん中は通り過ぎるだけで留まりません。デジタル回路はこう使います。
- 増幅器として使うときは、順方向能動領域の真ん中に立たせておきます。入力が上下すれば、その点を中心に出力が追って上下します。アナログ回路はこう使います。
同じ素子です。どこに立たせるかが違うだけです。
電流で制御することの代償
ここまでの話には、一つのことがずっと敷かれていました。BJT をオンに保つには、ベースに電流を流し続けなければなりません。文献は、BJT を電圧制御電流源と見ることもできるが、ベースのインピーダンスが低いため、電流制御電流源すなわち電流増幅器と見るほうが単純であると記しています。
電流が流れるということは電力を使うということです。β が 99 であっても、コレクタに 1 A を流すにはベースにおよそ 10 mA を押し込み続けなければなりません。オンにしているあいだずっとそうです。素子が一つならたいしたことはありません。同じチップの上に数億個を載せるとなれば話は変わります。
別の道があります。電流の代わりに電界で制御することです。ウィキペディアの「Field-effect transistor」の項目は、FET(Field-Effect Transistor、電界効果トランジスタ)を電界を用いて半導体を通る電流を制御するトランジスタと定義しています。端子の名前からして違います——キャリアが入ってくるソース、出ていくドレイン、そして通り道の導電率を変えるゲートです。「Field-effect transistor」の項目は、ゲートに電圧を加えるとドレインとソースのあいだの導電率が変わると記しています。
BJT との違いは二か所です。
- キャリアの種類の数——「Field-effect transistor」の項目は FET を単極(unipolar)トランジスタと呼びます。電子(N チャネル)か正孔(P チャネル)のうち一方だけを使い、双方は使わないからです。二種類とも使う BJT とちょうど正反対です。「双極」と「単極」という名はここで分かれます。
- 制御の代償——「Field-effect transistor」の項目は、FET が低い周波数できわめて高い入力インピーダンスを示すと記しています。制御端子にはほとんど電流が流れないという意味です。取っ手を握っているのに力が要らないのです。
この違いが何を変えるのかが次編の主題です。「Field-effect transistor」の項目は、ゲート電圧が 0 のときにすでに通り道ができている素子とできていない素子を分け、前者をデプレッション型(depletion mode)、後者をエンハンスメント型(enhancement mode)と呼びます。この区分も次編で扱います。
まとめ
- 端子が三つになると、一対に加えた電圧または電流が別の一対の電流を制御します。出力電力が入力電力より大きくなりうるので、増幅になります。
- BJT はそれぞれ異なるドーピングを施した三つの領域と二つの PN 接合です。エミッタは濃く、ベースは薄くかつ薄い層に、コレクタはそれよりさらに薄くドープします。
- ベースが薄くなければならない理由は時間です。キャリアが少数キャリア寿命よりはるかに短い時間で渡らねばならず、厚さは拡散長よりはるかに小さくなければなりません。
- β = α / (1 − α) なので、α が 0.980 → 0.998 に上がるとき β は 49 → 499 になります。利得を決めるのは渡れなかった側です。
- 二つの接合のバイアスの組み合わせが遮断・順方向能動・飽和を作ります。両端だけを使えばスイッチ、真ん中に留まれば増幅器です。
BJT は取っ手を握っているあいだ、ずっと電流を食べ続けます。次編では、その代償を払わずに済む制御方式——電界で通り道の幅を変える電界効果トランジスタ(FET)へ移ります。
参考資料
- Transistor — Wikipedia:トランジスタの定義(増幅・スイッチング、少なくとも三端子、一対の電圧・電流が別の一対の電流を制御する)、出力電力が入力電力より大きくなりうるため増幅になるという記述、transresistance の縮約であり John R. Pierce が名付けたという記述、1947 年ベル研究所の点接触トランジスタ
- Bipolar junction transistor — Wikipedia:電子と正孔の双方を使うという定義、三つのドーピング領域と二つの PN 接合、エミッタ高濃度・コレクタ低濃度(ベースのおよそ十分の一)とエミッタ注入効率、ベース厚の条件(少数キャリア寿命・拡散長)、ベース内の拡散電流、逆方向接合の電界がキャリアの大部分をコレクタへ送るという記述、αF = IC/IE(0.980~0.998)· βF = IC/IB(小信号で 50 超)· βF = αF/(1−αF) · IE = IB + IC、四つの動作領域のバイアスの組み合わせと飽和・遮断の論理オン・オフへの対応、対称素子ではないという記述、電流制御電流源と見るほうが単純だという記述
- Field-effect transistor — Wikipedia:電界で電流を制御するという定義、ソース・ドレイン・ゲートの役割、単極トランジスタという記述(電子または正孔の一種類のみを使用)、低い周波数でのきわめて高い入力インピーダンス、デプレッション型とエンハンスメント型の区分
- ※ 上記の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。