前編で電流式を一つ立てました。ゲート電圧がしきい値を越えるとチャネルができ、ドレイン電圧を上げると電流が増えていき、ピンチオフの先では平らになる、という式でした。
その式には静かに敷かれていた前提があります。チャネルが十分に長いということです。長い・短いは比べる物差しがあって初めて成り立つのですが、その物差しはソースとドレインの周りにできた空乏層の厚さです。
ウィキペディアの「Short-channel effect」の項目は、短チャネル効果をチャネル長がソース・ドレイン接合の空乏層厚に比肩するほどになった MOSFET で現れる現象と定義しています。この編では、その地点で前編の式がどこから食い違い始めるのかを追っていきます。
本文の条件値は計算の道筋を示すための例であり、特定の企業の仕様ではありません。引用した数値はいずれも公開文献で確認した値であり、出典は記事の末尾に記します。
チャネル長とは何の長さなのか
「チャネル長」と呼ばれる値は、実は三つあります。設計図面に書き込んだ描いた長さ、露光とエッチングを経て残った作られた長さ、そして電流が感じる実効チャネル長です。
三つめが一番短くなります。ソースとドレインの不純物が横に広がり、チャネルを両側から食っていくからです。米国特許 US6275972B1(MOSFET のチャネル長抽出法)は、この関係を Leff = Ldraw − ΔL と記しています。
ΔL は目で拾える値ではなく、電気で測ります。US6275972B1 の明細書によれば、全体の抵抗はチャネル抵抗とソース・ドレインに付随する直列抵抗の和であり、前者は長さに比例し、後者は長さに無関係です。そこで描いた長さをいろいろ変えて作った素子の全体抵抗を測り、描いた長さに対して直線を引き、ゲート電圧を変えながら何本も引くと、直線どうしが一点で交わります。その交点ではチャネル抵抗が消えたことになるので、交点が ΔL と直列抵抗を一緒に教えてくれます。
飽和曲線は平らではない——チャネル長変調
前編では、飽和領域の電流はドレイン電圧に無関係だと述べました。実際の曲線は右へ行くほど少しずつ上がっていきます。
ウィキペディアの「Channel length modulation」の項目が理由を記しています。ピンチオフの後、チャネルの端とドレインのあいだには反転していない区間ができるのですが、ドレイン電圧が上がるとその支配力がソース側へさらに伸び、この区間が広がってチャネルが短くなるというのです。そして抵抗は長さに比例するので、チャネルが短くなれば抵抗が減り、飽和においても電流がドレイン電圧とともに増えると付け加えています。
どれだけ増えるのかは前編の式からすぐに出ます。電流は W/L に比例し、長さは分母にありました。この記事は実効長 1 μm の素子でピンチオフ地点が 0.05 μm ずれたと仮定して計算します。残るチャネルは 0.95 μm、電流は 1/0.95 = 約 1.053 倍となり、5 % 強だけ増えます。
回路の側では、この傾きを電流式に (1 + λVDS) の項として付けます。「Channel length modulation」の項目は λ をチャネル長に反比例する値とし、65 nm プロセスの当てはめ定数 VE を約 4 V/μm と挙げ、λ が 0 なら出力抵抗は無限大になると記しています。完全に平らな飽和曲線とは出力抵抗が無限大の素子を意味しますが、そんな素子はありません。
「Channel length modulation」の項目は、この効果がソース–ドレイン間隔が短いほど、ドレイン接合が深いほど、酸化膜が厚いほど顕著であると記しています。三つとも、ゲートがチャネルを握る力が弱い条件です。
基板電位がしきい値を押し上げる——ボディ効果
前編の式は、ソースと基板(ボディ)を同じ電位に置いていました。ウィキペディアの「Body effect」の項目は、実際の集積回路ではソース電圧が動的に変わる一方、基板は全体の基準電位に縛られている場合が多いと記しています。二つが開けば、しきい値電圧が動きます。
仕組みは空乏層です。ソース–ボディ接合がより深い逆方向へ押されると、ゲート酸化膜の下の空乏層が広がり、露わになる不純物イオンが増えます。ゲートが釣り合わせるべき電荷が増えたのですから、反転層を作るにはより大きな電圧が要ります。しきい値が上がります。
Vth = Vth0 + γ ( √(2|φF| + VSB) − √(2|φF|) ), γ = √(2 εSi q NA) / Cox
この記事は基板ドーピング 1×1017 cm−3、酸化膜厚 10 nm、温度 300 K、ソース–ボディ電圧 1 V を仮定して計算します。用いる定数は熱電圧 25.85 mV、シリコンの真性キャリア濃度 9.65×109 cm−3、比誘電率 11.68(シリコン)と 3.9(二酸化ケイ素)、真空の誘電率 8.854×10−12 F/m で、いずれも公開文献の値です。
- φF = 0.02585 × ln(1×1017 ÷ 9.65×109) = 0.418 V → 2φF = 0.835 V
- Cox = 3.9 × 8.854×10−12 ÷ 10 nm = 3.45×10−3 F/m2
- γ = √(2 × 1.034×10−10 × 1.602×10−19 × 1×1023) ÷ 3.45×10−3 = 0.527
- ΔVth = 0.527 × (√1.835 − √0.835) = 約 0.23 V
基板が 1 V ずれただけなのに、しきい値は 0.23 V 上がります。γ の分母が Cox なので、酸化膜が薄いほど γ は小さくなります。「Body effect」の項目は、薄い酸化膜がゲートの支配力を高め、ボディの変動からチャネルを覆い隠してくれると説明しています。ゲートが強ければ、ほかの端子の言うことは効きにくくなります。
チャネルが短くなるとしきい値が下がる
ボディ効果はチャネル長と無関係でした。ここからは長さそのものがしきい値を動かす話です。先に見た「Short-channel effect」の項目は、長いチャネルのしきい値電圧を酸化膜厚と基板ドーピング濃度だけの関数として記していますが、チャネルが短くなるとそこにチャネル長とソース・ドレイン接合の深さが変数として割り込んできます。
理由は電荷の分け合い(charge sharing)です。ゲート下の空乏電荷は誰かが支えなければなりません。長いチャネルではゲートが大半を支え、ソース・ドレインは遠いので小さな分だけを引き受けます。チャネルが短くなると、ソースとドレインがより大きな分を引き受けます。
するとゲートが足すべき分が減り、しきい値の条件に届くのに必要なゲート電圧が小さくなります。しきい値電圧とはその条件に届くゲート電圧のことですから、しきい値電圧が下がります。これがしきい値電圧のロールオフ(Vth roll-off)です。「Short-channel effect」の項目はこれを静電的な完全性——ゲートがチャネル電位をどれだけ実効的に握っているか——が低下したものと呼んでいます。
キャリアの側でも崩れる——移動度と速度
ここまでは電荷と電位の話でした。電流式にはキャリアがどれだけよく動くかも入っており、こちらも定数ではありません。
移動度低下
チャネルは絶縁膜のすぐ下の界面に張り付いた薄い反転層であり、キャリアは事実上一つの平面の上を動きます。ウィキペディアの「Electron mobility」の項目は、この準二次元の電子の移動度を制限する界面ラフネス散乱を別に立て、高分解能透過電子顕微鏡の観察を根拠に、界面は原子レベルで滑らかではなく、その位置が原子層一、二層分だけ上下すると記しています。この凹凸が界面のエネルギー準位を揺らし、散乱を引き起こします。米国特許 US6548335B1 も、散乱の主な原因としてシリコンと酸化膜のあいだの界面の粗さを挙げています。
ゲートの縦方向の電界は、反転層を界面のほうへ引き寄せて作ります。ゲート電圧を上げるほどキャリアは界面に張り付き、その分だけ凹凸に頻繁に出会います。ウィキペディアの「MOSFET」の項目は結果をこう記しています——素子が小さくなるとチャネル内の電界が強くなりドーピング濃度が上がるが、この二つの変化はいずれもキャリア移動度を下げ、したがって伝達コンダクタンスを下げる、というものです。
速度飽和
移動度は「電界に比例して速度が付く」という比例定数ですが、その比例がいつまでも保たれるわけではありません。ウィキペディアの「Saturation velocity」の項目は、ある高い電界から先はキャリアがそれ以上速くならないと記しています。格子との相互作用が増え、フォノンを、エネルギーがさらに大きくなれば光子までも放ちながらエネルギーを失うからです。「Saturation velocity」の項目が載せる値はシリコンが約 1×107 cm/s、ガリウムヒ素が 1.2×107 cm/s、6H 炭化ケイ素が約 2×107 cm/s で、飽和が始まる電界はおおよそ 10~100 kV/cm です。
電界は電圧を距離で割った値です。1 V を 1 μm に加えれば 10 kV/cm、0.2 μm に加えれば 50 kV/cm です。チャネルを短く作ることはそのまま電界を強くすることですから、短いチャネルははるかに低い電圧でこの領域に入ります。その結果が式の形を変えます。「MOSFET」の項目は、速度飽和が支配すると飽和ドレイン電流は VGS の二乗というより一次に近くなると記しています。前編の式の二乗が消えるのです。
ドレインが扉を開ける——DIBL とパンチスルー
DIBL(Drain-Induced Barrier Lowering、ドレインによる障壁低下)は、ドレイン電圧が高くなるとしきい値電圧が下がる現象です。
ウィキペディアの「Drain-induced barrier lowering」の項目は、長いチャネルではチャネルができるボトルネックがドレインから十分に遠く、基板とゲートによってドレインから静電的に遮られており、だからしきい値電圧がドレイン電圧に無関係だったと記しています。短いチャネルではドレインがゲートのようにチャネルに触れるほど近く、高いドレイン電圧がボトルネックを開けてトランジスタを先に点けてしまいかねません。
仕組みは前節と同じです。「Drain-induced barrier lowering」の項目が挙げるヤウ(Yau)の電荷分け合いモデルによれば、ドレイン電圧が上がるとドレイン–ボディ接合の空乏領域がゲートの下まで伸び、ドレインが空乏電荷を釣り合わせる負担をより多く引き受け、ゲートの分が減ります。するとゲートの電荷は釣り合いを保とうとしてより多くのキャリアをチャネルへ引き込み、それはしきい値電圧を下げたのと同じことになります。
前節のしきい値電圧ロールオフと根が同じです。「Short-channel effect」の項目は、二つを変える変数で分けています——ドレイン電圧を固定してチャネル長を縮めてみたときに見えるのがしきい値電圧ロールオフ、長さを固定してドレイン電圧を上げてみたときに見えるのが DIBL です。
進み方には順序があります。「DIBL」の項目は、チャネルが短くなるにつれ、しきい値以下の領域でまず電流曲線が丸ごと横にずれ、さらに短くなると曲線の傾きそのものが悪くなって同じ電流変化により大きなゲート電圧が要るようになり、極端に短くなるとゲートが素子を切ることにまったく失敗すると記しています。しきい値がずれた程度を越えて、切る能力そのものが崩れるのです。
さらに押し進めると別の名が付きます。米国特許 US5444008A は、空乏層どうしが触れ合うと電気力線が基板を横切ってドレインからソースへまっすぐ走り、この状態をパンチスルーと呼ぶと記しています。そのときに流れる電流はゲートが制御しません。DIBL はゲートが握る分が減ることであり、パンチスルーはその分が事実上なくなることです。前者はしきい値が狂ったトランジスタであり、後者はもはやトランジスタではありません。
ドレイン近傍の強い電界——衝突電離とホットキャリア
最後は、電界が強くなった場所でキャリアがしでかすことです。ウィキペディアの「Impact ionization」の項目は、衝突電離をエネルギーを持ったキャリア一つが他のキャリアを作りながらエネルギーを失う過程と定義しています。運動エネルギーの十分な電子や正孔が価電子帯に縛られた電子を叩き出して伝導帯へ送り上げ、電子–正孔対ができます。
「Impact ionization」の項目は条件をはっきり記しています。十分に大きな電界が必要であり、これは大きな電圧を要求するのであって、必ずしも大きな電流を要求するわけではないというものです。電界が高い領域で起こればアバランシェ降伏につながりうります。ドレインの近傍がまさにその条件です——チャネルが短いほど同じ電圧がより狭い区間にかかるからです。
ここで生じた高エネルギーのキャリアをホットキャリアと呼びます。ウィキペディアの「Hot carrier injection」の項目は、「熱い」が素子の実際の温度ではなく、キャリア密度をモデル化するときに用いる実効温度であると釘を刺しています。素子は冷たくても熱いキャリアは存在します。項目は、二酸化ケイ素の伝導帯に入るには電子が約 3.2 eV、正孔が 4.6 eV の運動エネルギーを必要とすると記しています。
加速されたキャリアがエネルギーを失う道は二つあると項目は記しています。
- 基板の原子とぶつかり、冷えたキャリア一つと電子–正孔対一つを残す道——先に見た衝突電離です。
- 界面の Si–H 結合を叩いて切る道——界面準位が一つでき、水素原子が基板へ解き放たれます。
二つめが残す界面準位が問題です。「Hot-carrier injection」の項目は、界面準位ができるとしきい値電圧が変わり、しきい値以下の傾きが悪くなり、その結果として電流が減って集積回路の動作周波数が落ちると記しています。この編はここまでです——なぜ起こるのか。これが積み重なって素子の寿命を決めていく話は、「TFT 特性異常と信頼性」シリーズで別に扱います。
まとめ
- チャネル長は三つあります——描いた長さ、作られた長さ、電流が感じる実効長。文献は Leff = Ldraw − ΔL と記し、ΔL は抵抗直線どうしの交点から取り出します。
- チャネル長変調——飽和においてもドレイン電圧が上がればチャネルが短くなって抵抗が減り、電流が増えます。1 μm で 0.05 μm ずれれば約 5 % です。
- ボディ効果——基板がソースとずれると空乏層が広がってしきい値が上がります。先の仮定では 1 V のずれで約 0.23 V です。
- しきい値電圧ロールオフ・DIBL・パンチスルー——空乏電荷をソース・ドレインが分けて支え、しきい値が下がります。長さを縮めて見ればロールオフ、ドレイン電圧を上げて見れば DIBL、行き着く先はゲートが制御しないパンチスルーです。
- 移動度低下と速度飽和——キャリアは界面の凹凸にぶつかって遅くなり、シリコンでは約 1×107 cm/s で止まります。すると飽和電流は VGS の二乗ではなく一次に近くなります。
名前は幾つもありましたが、言っていることは一つです。前編の式はゲートがチャネルを独りで制御するという前提の上に立っていました。チャネルが短くなると、ドレインが、基板が、界面が、そしてキャリア自身の速度の限界が順に割り込んできます。短チャネル効果とはゲートの単独支配が崩れていく過程に付いた幾つもの名前なのです。
それでもトランジスタはスイッチの役目を果たします。次編ではスイッチどうしを向かい合わせてインバータ・NAND・NOR、すなわち論理を作ってみます。
参考資料
- Short-channel effect — Wikipedia:短チャネル効果の定義、電荷の分け合いとしきい値電圧ロールオフ、静電的な完全性、ロールオフと DIBL の区分
- Channel length modulation — Wikipedia:チャネルが短くなって抵抗が減り飽和電流が増えるという記述、(1 + λVDS) の項、λ = 0 なら出力抵抗は無限大、65 nm プロセスの VE ≈ 4 V/μm
- Body effect — Wikipedia:ソース–ボディ電圧が空乏層を広げてしきい値を上げるという記述、Vth の式と係数 γ の定義
- Drain-induced barrier lowering — Wikipedia:長いチャネルでしきい値がドレイン電圧に無関係だった理由、ヤウの電荷分け合いモデル、平行移動 → 傾きの低下 → 遮断の失敗という順序
- Saturation velocity — Wikipedia:フォノン・光子の放出で速度が止まるという記述、材料別の飽和速度、飽和が始まる電界 10~100 kV/cm
- MOSFET — Wikipedia:速度飽和時に飽和電流が VGS の一次に近いという記述、電界・ドーピングの増加が移動度を下げるという記述
- Electron mobility — Wikipedia:界面ラフネス散乱が準二次元電子の移動度を制限するという記述と界面の凹凸の大きさ
- Impact ionization — Wikipedia:衝突電離の定義、大きな電界は必要だが大きな電流ではないという記述、アバランシェ降伏
- Hot carrier injection — Wikipedia:「熱い」が実効温度であるという記述、二酸化ケイ素への進入に電子約 3.2 eV・正孔 4.6 eV、エネルギーを失う二つの経路と界面準位がもたらす結果
- US6275972B1 (Google Patents):Leff = Ldraw − ΔL と抵抗直線の交点から ΔL を取り出す方法
- US5444008A (Google Patents):空乏層が触れ合って電気力線がドレインからソースへまっすぐ走るというパンチスルーの定義
- US6548335B1 (Google Patents):キャリア散乱の主な原因がシリコン/酸化膜界面の粗さであるという記述
- 計算に用いた定数:Boltzmann constant(熱電圧 25.85 mV)· Charge carrier density(真性キャリア 9.65×109 cm−3)· Relative permittivity(11.68・3.9)· Vacuum permittivity(8.854×10−12 F/m)
- ※ 上記の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。