前シリーズ「半導体からトランジスタまで」は、素子の原理をたどってきました。バンドギャップから出発して PN 接合をつくり、電界効果でチャネルを開き、遮断・線形・飽和という動作領域まで来ました。本シリーズはその次の地点から始まります — できあがった素子から数字を取り出す作業です。
素子を評価するとは、つまるところ曲線を測り、そこから値を読む作業です。しきい値電圧・移動度・傾き・漏れ電流といった値は、すべてそうやって得られます。本シリーズは、どの曲線をどう測り、そこからどの値をどう読むのかを、八編にわたって一つずつ扱います。第一編は、いちばん最初に描く図である出力曲線です。
問いは単純です。トランジスタを一つ作ったとき、それがトランジスタらしく動作するかをどう確かめるか。確認の第一段階は、ドレイン電圧を上げながら電流を測ってみることです。その結果が出力曲線であり、この一枚の図から何が見えて何が見えないのかが本編の内容です。
本文中の条件値は計算の過程を示すための例であり、特定の企業の仕様ではありません。引用した数値はすべて公開文献で確認した値で、出典は記事の末尾に残します。
なぜ MOSFET の式をそのまま使うのか
まず用語を一つ整理します。ウィキペディアの「Thin-film transistor」の項目は、TFT(Thin-Film Transistor、薄膜トランジスタ)を薄膜堆積によって作られた電界効果トランジスタ(FET)の一種と定義しています。シリコンウェハそのものが基板になる通常の MOSFET と違うのは、ガラスのように電気を通さない支持基板の上に載せる点です。
材料と作り方は違っても、動作する仕組みは同じ電界効果です。ウィキペディアの「Field-effect transistor」の項目は、FET を電界によって半導体中の電流を制御する素子と定義しています。ですから本稿で用いる式と曲線の形は、MOSFET の文献のものをそのまま持ってきます。
測り方 — 一方を押さえ、もう一方を掃く
トランジスタには端子が三つあります。ゲート(G)・ソース(S)・ドレイン(D)です。ここから電圧は二つになります。
- VGS — ゲートとソースのあいだの電圧。チャネルをどれだけ開いておくかを決めます。
- VDS — ドレインとソースのあいだの電圧。開いたチャネルを通して電荷をどれだけ強く押すかを決めます。
測る量は一つ、ドレインへ流れる電流 IDS です。ところが電流を左右するつまみが二つあると、図を一枚に描くことができません。そこで一方を押さえ、残りの一方だけを動かします。
出力曲線は、VGS をある一つの値に固定しておき、VDS を 0 から掃き上げながら IDS を記録したものです。すると曲線が一本得られます。固定する VGS の値を変えてもう一度掃けば、もう一本得られます。出力曲線がつねに何本も重なった束として描かれるのは、このためです。
ウィキペディアの「MOSFET」の項目が載せている出力曲線の図にも、同じ説明が添えられています — いくつもの VGS − Vth の値について描いた、ドレイン電圧対ドレイン電流です。
一本の曲線の中で — 坂、膝、平地
曲線を一本、左から右へたどってみます。三つの区間を通ります。
坂 — 抵抗のようにふるまう区間
原点の近くでは、電流はドレイン電圧にほぼ比例して増えます。「MOSFET」の項目はこの区間をトライオード(triode)、または線形・オーミック区間と呼び、条件を次のように記しています。
VGS > Vth かつ VDS < (VGS − Vth)
「MOSFET」の項目は、この区間で素子がゲート電圧が値を決める抵抗のようにふるまうと記述し、電流を次のように書いています。
ID = μnCox (W/L) [ (VGS − Vth)VDS − VDS2/2 ]
括弧の中を見れば、なぜ「比例」なのかが見えてきます。VDS がごく小さいときは、後ろの VDS2/2 の項が前の項に比べて無視できるほど小さくなります。すると電流は VDS にそのまま比例し、傾きを決めるのは (VGS − Vth) です。抵抗に書き換えると、次のようになります。
R ≈ 1 / [ μnCox(W/L)(VGS − Vth) ]
ゲートをしきい値より二倍多く押し上げれば、抵抗は半分になります。画面の画素をつけたり消したりするスイッチは、この区間で動作しています。
膝 — 位置を決めるのはゲートである
VDS を上げ続けると、曲線は曲がりながら平らになっていきます。その折れる場所を膝(knee)と呼びます。膝の位置は次のとおりです。
VDS,sat = VGS − Vth
「MOSFET」の項目は、この組み合わせ Vov = VGS − Vth をオーバードライブ電圧(overdrive voltage、しきい値を越えてさらに押し上げた分)と呼んでいます。ここがこの図でもっとも大事なところです。膝がどこに置かれるかは、ドレインではなくゲートが決めます。ドレイン電圧をどれだけ慎重に掃いても、膝の位置は動きません。
平地 — ドレインが手を離す区間
膝を過ぎると飽和(saturation)、または活性(active)区間です。条件はトライオードの逆になります。
VGS > Vth かつ VDS ≥ (VGS − Vth)
「MOSFET」の項目は、この区間の始まりをピンチオフ(pinch-off)と呼びます。ドレイン側でチャネルが消えたという意味です。チャネルが素子の全長をつないでいないにもかかわらず、ドレインとチャネルのあいだの電界が非常に大きいため伝導は続きます。そして次のように記しています — ドレイン電流はもはやドレイン電圧に弱くしか依存せず、主にゲート−ソース電圧が決めます。
この一文が、トランジスタが増幅器として使われる理由のすべてです。出力側の電圧が揺れても電流がつられて揺れないので、ゲートに載せた小さな信号だけが忠実に伝わります。
曲線と曲線のあいだで — 間隔が二乗で広がる
ここからは曲線一本ではなく束全体を見ます。上の曲線ほど固定しておいた VGS が大きく、平地の高さも高くなります。ここまでは当然です。大事なのは間隔が広がっていく仕方です。
飽和区間の電流式は次のとおりです。
ID = (μnCox/2)(W/L) (VGS − Vth)2 (1 + λVDS)
二乗が入っています。本稿では Vth を 1 V、前の係数 (μnCox/2)(W/L) を 1、最後の括弧をひとまず 1 と仮定して計算します。実際の素子の値ではなく、比率だけを見せるための仮定です。
- VGS = 2 V → オーバードライブ 1 V → 膝 1 V、飽和電流 1
- VGS = 3 V → オーバードライブ 2 V → 膝 2 V、飽和電流 4
- VGS = 4 V → オーバードライブ 3 V → 膝 3 V、飽和電流 9
- VGS = 5 V → オーバードライブ 4 V → 膝 4 V、飽和電流 16
ゲート電圧は 1 V ずつ均等に上げたのに、電流の間隔は 3、5、7 とだんだん広がります。曲線の束が上へ行くほど疎になっていく姿そのものが、二乗関係の証拠です。膝の位置が 1・2・3・4 V と均等に右へずれていくのと対照的です — 膝は一次、高さは二次です。
同じ話を、文献は傾きとして書きます。「MOSFET」の項目が記す相互コンダクタンスは gm = 2ID / Vov です。ゲート電圧が少し変わったときに電流がどれだけ変わるか、つまり素子が信号をどれだけ大きくするかを表す値です。この値は出力曲線では曲線と曲線のあいだの間隔として現れ、次編できちんと扱います。
平地は完全に平らではない
実際に測ってみると、飽和区間は水平線ではなく、右上へごくわずかに傾いています。先ほどの式でひとまず 1 と置いた (1 + λVDS) が、その傾きです。
理由は「Channel length modulation」の項目が説明しています。ドレイン電圧が上がるとドレインの影響がソース側へさらに伸び、チャネルが切れている区間が広がって、残ったチャネルの長さが短くなります。抵抗は長さに比例しますから、短くなったチャネルは抵抗が低く、その分だけ電流が少し多く流れます。これをチャネル長変調と呼びます。「Channel length modulation」の項目は、この効果がソース−ドレイン間隔が短いほど、ドレイン接合が深いほど、絶縁膜が厚いほど際立つと付け加えています。
傾きを一つの電圧に置き換えるとアーリー電圧になる
平地の傾きを一つの数字で書く方法があります。平地に接線を引き、左へずっと延ばして横軸と交わる点を見るのです。ウィキペディアの「Early effect」の項目は、まさにそのように定義しています — 大きな電圧における接線を後ろへ延ばして電圧軸と交わる電圧をアーリー電圧(Early voltage、VA)と呼びます。
式からもすぐに出てきます。(1 + λVDS) が 0 になる点は VDS = −1/λ です。そこが接線と横軸の交わる場所です。傾き λ が小さいほど交わる点は遠ざかり、平地はその分だけ平らになります。
同じ値を抵抗として書けば、「MOSFET」の項目の出力抵抗 rout = 1 / (λID) です。項目は、λ を 0 と置くと出力抵抗が無限大になり、回路の予測が現実と食い違うと記しています。平地の傾きは、あってはならない欠点ではなく、回路設計が必ず知っておくべき値です。
この名前はもともとバイポーラトランジスタ(BJT)から出たものです。「Early effect」の項目は BJT のアーリー電圧を 15~150 V の範囲と記し、素子が小さくなるほど小さくなると付け加えています。「Channel length modulation」の項目は、電流に現れる姿が似ているため MOSFET にも同じ名前を併せて使うと記述しています。ただし「Channel length modulation」の項目が挙げる値は λ ≈ ΔL / (VEL) という形の当てはめ係数であり、65 nm プロセスを例に VE ≈ 4 V/μm を挙げています。素子構造が違えば値の大きさも変わりますから、本編では概念までを押さえて先へ進みます。
出力曲線が教えてくれないこと
ここまでが出力曲線の見せてくれるものです。チャネルが開くか、抵抗のようにふるまう区間があるか、膝があるか、平地がどれだけ平らか。トランジスタらしく動作するかを確認するには十分です。
ところが素子を評価するときに使う値のなかに、この図からそのままでは読み取れないものがあります。三つあります。
- しきい値電圧 Vth — 出力曲線の膝は VGS − Vth を教えてくれるだけで、Vth だけを切り離してはくれません。ウィキペディアの「Threshold voltage」の項目は、Vth をソースとドレインのあいだに伝導経路をつくるのに必要な最小のゲート−ソース電圧と定義し、実際には決まった大きさの電流(たとえば 250 μA または 1 mA)が流れる点として規定すると記しています。どちらにせよゲート電圧を掃かなければ出てこない値です。
- 移動度 μn — 飽和の式で μn は Cox と W/L に掛け合わされ、一つの係数として入ってきます。出力曲線一枚からこの積を割って移動度だけを取り出す方法はありません。
- 漏れ電流 — VGS が Vth に届かない遮断区間でも、電流は 0 ではありません。「MOSFET」の項目は、このサブスレッショルド電流が ID ≈ ID0 e(VGS − Vth) / nVT という形でゲート電圧に対して指数的に変わると記しています。桁の単位で小さな値なので、縦軸が線形の出力曲線では底に張りついて見えません。
共通点が一つあります。三つとも押さえておいたつまみの側、つまりゲート電圧を動かさなければ見えない値だということです。出力曲線はゲートを固定しているため、その情報を構造的に持つことができません。
まとめ
- 出力曲線はVGS を固定して VDS を掃きながら IDS を記録した図です。固定値の数だけ曲線が出て束になります。
- 一本の曲線は線形(トライオード)→ 膝 → 飽和の順に通り過ぎます。膝の位置は VDS,sat = VGS − Vth であり、ドレインではなくゲートが決めます。
- 曲線と曲線のあいだは二乗で広がります。ゲートを 1 V ずつ均等に上げても、飽和電流は 1・4・9・16 と跳ねます。
- 飽和区間が完全に平らでないのはチャネル長変調のためです。接線を左へ延ばして横軸と交わる点がアーリー電圧であり、同じ値を抵抗として書けば rout = 1/(λID) です。
- しきい値電圧・移動度・漏れ電流は、この図からそのままでは読み取れません。ゲートを固定しておいたからです。
次編では軸を変えます。ドレイン電圧を押さえ、ゲート電圧を掃き上げる曲線 — 伝達曲線です。いま読み取れないと書いた値が、そこで出てきます。
参考資料
- MOSFET — Wikipedia : トライオードの条件と電流式、飽和の条件と電流式 ID = (μnCox/2)(W/L)(VGS−Vth)2(1+λVDS)、ピンチオフ、オーバードライブ電圧 Vov と VDSsat = VGS−Vth、gm = 2ID/Vov、rout = 1/(λID)、サブスレッショルド電流の指数関係、出力曲線をいくつもの VGS−Vth の値について描くという説明
- Channel length modulation — Wikipedia : ドレイン電圧が上がるとチャネルが短くなり抵抗が下がって電流が増えるという説明、rO = (1+λVDS)/(λID)、λ ≈ ΔL/(VEL) と 65 nm プロセスの例 VE ≈ 4 V/μm、MOSFET にもアーリー効果という名前を併せて使うという記述
- Early effect — Wikipedia : 大きな電圧における接線を後ろへ延ばして電圧軸と交わる点をアーリー電圧と呼ぶという定義、BJT のアーリー電圧 15~150 V の範囲と素子が小さくなるほど小さくなるという記述
- Thin-film transistor — Wikipedia : TFT が薄膜堆積によって作られた電界効果トランジスタの一種であり、ガラスのように電気を通さない基板の上に作るという定義
- Field-effect transistor — Wikipedia : FET が電界によって半導体中の電流を制御する素子であるという定義、低いドレイン電圧では可変抵抗のように、飽和では定電流源のようにふるまうという記述
- Threshold voltage — Wikipedia : しきい値電圧がソース−ドレイン間に伝導経路をつくる最小のゲート−ソース電圧であるという定義と、決まった大きさの電流(250 μA または 1 mA)で規定するという記述
- ※ 上の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。