前編では出力曲線を読みました。ゲート電圧 VGS をある一つの値に押さえておき、ドレイン電圧 VDS を掃きながら、電流がまっすぐ上がって膝を過ぎ、平らになっていくのを見ました。
出力曲線は素子がどれだけ流せるかを教えてくれます。ところが、そこからそのままでは読み取れないものがあります。どのゲート電圧でつき始めるのか、どれだけ急につくのか、消えているときにどれだけ漏れるのか、です。出力曲線はすでにつけてある素子をのぞき込む図だからです。
そこで軸を差し替えます。今度はVDS を固定して VGS を掃きます。こうして得た曲線を伝達曲線(transfer curve)と呼びます。一枚に収まる数字が多く、素子の履歴書に近いものです。
本文中の条件値は計算の過程を示すための例であり、特定の企業の仕様ではありません。引用した数値はすべて公開文献で確認した値で、出典は記事の末尾に残します。
測定の枠組み — 何を押さえ、何を掃くのか
測り方は一文で終わります。ドレイン電圧を一つの値に固定し、ゲート電圧を始点から終点まで一段ずつ動かしながら、一段ごとにドレイン電流を書き留めます。
ここで選ぶことが一つあります。ドレイン電圧をいくつに固定するかです。答えは二つあり、その両方を使います。
低く固定する — 線形領域の伝達曲線
ウィキペディアの「MOSFET」の項目は、VGS がしきい値電圧 Vth より大きく VDS が (VGS − Vth) より小さいときのドレイン電流を、次のように記しています。
ID = μ Cox (W/L) [ (VGS − Vth) VDS − VDS2/2 ]
μ は移動度、Cox は単位面積あたりのゲート絶縁膜容量、W と L はチャネルの幅と長さです。VDS をごく小さく取ると VDS2/2 の項が消えるも同然になり、残るのは
ID ≈ μ Cox (W/L) VDS × (VGS − Vth)
です。ゲート電圧が入っている場所は最後の括弧だけです。ですから電流はゲート電圧にまっすぐ比例します。線形軸に描けば直線が出て、その直線を左へ延ばして横軸と交わる場所がしきい値電圧の近くです。
高く固定する — 飽和領域の伝達曲線
「MOSFET」の項目は、VDS が (VGS − Vth) 以上のときを次のように記しています。
ID = (μ Cox / 2)(W/L)(VGS − Vth)2 (1 + λ VDS)
括弧が二乗で入っています。後ろの (1 + λ VDS) をひとまず脇へ置き、両辺に平方根を取ると
√ID = √( μ Cox W / 2L ) × (VGS − Vth)
になります。今度は電流ではなく電流の平方根がゲート電圧にまっすぐ比例します。
二つの条件が互いに違うことを教えてくれる理由がここにあります。低い VDS では ID をそのまま描かないと直線が見えず、高い VDS では √ID を描かないと直線が見えません。直線を探す場所が違うのですから、そこから取り出すしきい値電圧と移動度の値も同じにはなりません。どちらが真値かというより、素子をどの動作条件で使うのかに合わせて選ぶ作業に近いものです。
縦軸を対数に寝かせる理由
いよいよ曲線を描きます。ここで問題が一つ生じます。
ついている素子と消えている素子の電流は、大きさが近くありません。まるで違います。ウィキペディアの「Organic field-effect transistor」の項目は、素子が消える能力を表すオン・オフ電流比を 106~108 の範囲と記しています。百万倍から一億倍です。
縦軸を線形に取るとどうなるでしょうか。目盛りの天井をオン電流に合わせなければならないので、その百万分の一であるオフ電流は軸の太さの中へ入り込んでしまいます。図の上では底に張りついた平らな線としてしか見えません。消えている側で起きていることが丸ごと消え失せます。
そこで縦軸に対数をかぶせます。対数軸では目盛り一つが十倍です。10−11 A と 10−3 A が同じ図の中に八目盛りの間隔で並びます。伝達特性を対数軸へ移してはじめて伝達曲線らしくなる理由がこれです。
その代わり、対数軸はついている側の形をつぶします。電流が二倍に増えても目盛りの三割しか動かないからです。ですから二つの軸をあわせて描きます。同じデータを一度は対数軸で、一度は線形軸で重ねておけば、対数軸が消えている側を、線形軸がついている側を受け持ちます。
曲線の四つの区間
対数軸に描いた伝達曲線は、左から右へ進むあいだに性格が四度変わります。
オフ領域 — 漏れる電流だけが残る
ゲート電圧がしきい値よりずっと低い区間です。電流はほぼ平らに底へ敷かれています。この値がオフ電流 Ioff です。大事なのは0 ではないという点です。
しきい値下の区間 — 対数軸の直線
この図の核心です。ウィキペディアの「Subthreshold conduction」の項目は、しきい値下の伝導をゲート・ソース電圧がしきい値電圧より低いときにソースとドレインのあいだを流れる電流と定義し、しきい値下の漏れ電流とも呼ばれると記しています。
「Subthreshold conduction」の項目は、しきい値電圧に達したからといって伝導がただちに 0 になるのではなく、ゲート電圧に対して指数的に続いていくと記述しています。そして、この電流をゲート電圧に対して描くと対数−線形の傾きが現れ、それをしきい値下の傾き(subthreshold slope)と呼ぶと記しています。
指数関数に対数をかぶせれば直線です。ですからこの区間が対数軸でまっすぐ伸びます。ウィキペディアの「MOSFET」の項目は、この区間の電流を ID ≈ ID0 e(VGS − Vth) / nVT と記しています。前シリーズでダイオードを見たときに出会ったものと同じ形です。分母の VT は熱電圧で、「Thermal voltage」の項目は 300 K で約 25.85 mV と記しています。
この区間がなぜお金と熱に関わるのかも「Subthreshold conduction」の項目にあります。素子が小さくなるにつれてしきい値下の伝導がオフ状態の漏れの大きな割合を占めるようになり、ある技術世代では消費電力全体の 50% にまで達しうる、という記述です。
しきい値付近 — 尖った点がない
直線だったものが曲がりながら折れていく区間です。しきい値電圧はこのあたりで定めます。ただし「ここがしきい値だ」と点を打てるような尖った場所はありません。曲線はなめらかに曲がるだけです。ですから定義が別途必要になります。
オン領域 — ついた後も上がり続ける
完全についた後です。対数軸ではほとんど平らに見えますが、線形軸へ移すとまだ上がっています。あらかじめ決めておいたゲート電圧で読んだ値がオン電流 Ion です。
この一枚から出てくる値
四つの区間を名前で押さえましたので、この一枚から取り出す数字をまず一覧でお見せします。それぞれは後の編で一つずつ別に扱います。
- しきい値電圧 Vth — つき始めるゲート電圧。曲線が折れる場所で定めます。
- しきい値下の傾き — 電流を十倍に増やすのにゲート電圧が何 mV 必要か。単位は mV/decade です。
- オン電流 · オフ電流 · その比 — 曲線の上端と下端、そして両者のあいだの桁数。
- 移動度 μ — 曲線の傾きから出てきます。キャリアがどれだけよく走るか。
- ヒステリシス(hysteresis) — 上げながら測った曲線と下げながら測った曲線のずれ。
しきい値下の傾きには越えられない壁がある
ウィキペディアの「Subthreshold slope」の項目は、この傾きを次のように記しています。
S = ln(10) × (kT/q) × (1 + Cd/Cox)
Cd は空乏層容量、Cox はゲート絶縁膜容量で、kT/q は熱電圧です。値を入れてみます。300 K で kT/q は 25.85 mV、ln(10) は約 2.3026 です。
2.3026 × 25.85 mV ≈ 59.5 mV
括弧の中が 1 のとき、つまり Cd が 0 に近くゲートがチャネルを丸ごと握っているときの値です。「Subthreshold slope」の項目が常温 300 K で 60 mV/decade を達成可能な最小値として記す根拠が、この計算です。どれだけうまく作っても、電流を十倍に増やすにはゲート電圧を約 60 mV は上げなければなりません。
括弧の中は 1 より小さくなりえません。Cd/Cox がつねに 0 以上だからです。「Subthreshold slope」の項目は、微細化された素子の代表的な実測値を約 70 mV/decade と記しています。59.5 mV に 1.2 を掛ければ 71.4 mV ですから、Cd が Cox の二割ほどになっている状態に当たります。
この数字がなぜ大事なのかは、掛けてみれば見えてきます。ある素子の傾きが 300 mV/decade だとしましょう。本稿では説明のためにその値を仮定します。消えている状態から六桁上のオン電流まで上がるには、ゲート電圧が 300 mV × 6 = 1.8 V 必要です。傾きが 100 mV/decade なら同じことに 0.6 V で足ります。回路に入れてやる電源電圧が、ここで分かれます。
kT/q が分子にあるという点も見ておく価値があります。温度が上がれば、この壁そのものが高くなります。
移動度は傾きから出てくる
先に立てた線形領域の式をゲート電圧で微分すると
gm = ∂ID / ∂VGS = μ Cox (W/L) VDS
になります。ウィキペディアの「MOSFET」の項目が相互コンダクタンス gm を ∂ID/∂VGS と定義した、まさにその量です。右辺から μ だけを残して移項すると
μ = gm / [ Cox (W/L) VDS ]
です。曲線の傾きと素子の寸法さえあれば移動度が出ます。飽和条件では、先に見た √ID 直線の傾きを同じやり方で使います。低い VDS と高い VDS の曲線をどちらも測る理由が、ここにもあります。値を実際に取り出す手順は後の編で別に見ます。
掃く向き — 上げるときと下げるときは違う
ここまではゲート電圧を低い側から高い側へ一度だけ掃いてきました。端まで行ってから折り返して下りながらもう一度測ると、どうなるでしょうか。
二つの曲線が重なれば、先に通り過ぎた出来事が素子に残らなかったという意味です。重ならなければ残ったという意味です。このずれをヒステリシス(hysteresis)と呼びます。
カーボンナノチューブ薄膜トランジスタのヒステリシスを扱った論文(DOI 10.3390/nano16140847)は、ゲートによるヒステリシスを上げながら掃いた曲線と下げながら掃いた曲線からそれぞれ求めたしきい値電圧の差と定義しています。Nanomaterials の論文はその原因をさまざまな界面に捕らえられる電荷で説明し、吸着した酸素と水の分子が重要な役割を果たすと記述しています。
原理だけを押さえると、こうなります。ゲート電圧を上げているあいだにチャネルへ呼び出されたキャリアの一部が、絶縁膜と半導体が接する場所の欠陥に捕らえられます。捕らえられた電荷は、ゲートが作った電界の一部を打ち消します。ですから折り返して下りてくるときには、同じゲート電圧でもチャネルが先ほどとは違う状態にあり、しきい値電圧が移ったように見えます。
捕らえられ、また放たれるには時間がかかります。ですからどれだけ速く掃くかが結果を変えます。一点ごとに長くとどまってから読めば、捕らえられ放たれる過程がより多く反映されます。このヒステリシスがどんな条件で大きくなり何を教えてくれるのかは、信頼性を扱う別のシリーズで改めて見ます。
条件の書かれていない曲線は読めない
ここまで来ると、最後の規則がおのずとついてきます。伝達曲線は測定条件とひとまとまりであるときにだけ意味を持ちます。理由は前にすべて出そろっています。
- ドレイン電圧 — 低く取ったか高く取ったかによって直線の出る場所が違い、そこから取り出すしきい値電圧と移動度が変わります。
- 掃く範囲と向き — どこから始めてどこまで行くのか、上げている途中なのか下げている途中なのかによって、二つの曲線がずれます。
- 掃く速さととどまる時間 — 一点ごとにどれだけ待ってから電流を読むかによって、捕らえられ放たれる過程の反映される度合いが変わります。
- 温度 — kT/q がしきい値下の傾きの分子にあります。ウィキペディアの「Threshold voltage」の項目は、しきい値電圧そのものの温度変化もドーピング濃度に応じて−4 mV/K から −2 mV/K のあいだだと記しています。
- 光 — 半導体は光を受けるとキャリアを作ります。ウィキペディアの「Indium gallium zinc oxide」の項目は、IGZO トランジスタがやや光感受性をもち、その効果が光子エネルギー 3 eV 以上の深い紫から紫外の領域で際立つと記しています。
温度と光が実際に曲線を動かすことは文献で確認できます。二硫化モリブデントランジスタのヒステリシスを扱った arXiv の論文(1708.01238)は、ゲート電圧・圧力・温度・光の強さのうちどれを上げてもヒステリシスが強まると報告しています。
ですから曲線のかたわらには、VDS の値、掃く範囲と向き、一段の大きさ、測定速度、温度、光の有無が併記されていなければなりません。これを欠いた曲線は図であってデータではありません。二つの素子を比べようとする人にはなおさらです。条件が違えば比較そのものが成り立たないからです。
まとめ
- 伝達曲線はVDS を固定して VGS を掃きながら得ます。低い VDS では ID が、高い VDS では √ID がゲート電圧にまっすぐ比例します。
- オン電流とオフ電流は桁が違うので縦軸を対数で描きます。ついている側の形を見るには線形軸をあわせて置きます。
- 曲線はオフ · しきい値下 · しきい値付近 · オンの四区間に分かれ、しきい値下の区間は指数関数ですから対数軸では直線です。
- しきい値下の傾きには常温で約 60 mV/decade という下限があります。ln(10) × 25.85 mV ≈ 59.5 mV から出てくる値です。
- この一枚からしきい値電圧 · 傾き · オン電流とオフ電流 · 移動度 · ヒステリシスが出てきます。その代わり条件が変われば同じ素子でも違う曲線が出てきます。
次編はこの一覧の最初の項目です。尖った地点のない曲線からしきい値電圧をどうやって一つの数字に定めるかを見ます。
参考資料
- MOSFET — Wikipedia : 線形領域・飽和領域・しきい値下領域のドレイン電流式と各領域の成立条件、相互コンダクタンス gm = ∂ID/∂VGS の定義
- Subthreshold conduction — Wikipedia : しきい値下の伝導の定義(しきい値電圧より低いゲート電圧でソース・ドレイン間を流れる電流)、しきい値電圧で伝導がただちに 0 にならず指数的に続くという記述、対数−線形の傾きをしきい値下の傾きと呼ぶという定義、オフ状態の漏れが消費電力全体の 50% にまで達しうるという記述
- Subthreshold slope — Wikipedia : S = ln(10)·(kT/q)·(1 + Cd/Cox)、常温 300 K での最小値 60 mV/decade、微細化された素子の代表的な実測値 約 70 mV/decade
- Threshold voltage — Wikipedia : しきい値電圧の定義(ソースとドレインのあいだに伝導経路を作るのに必要な最小のゲート・ソース電圧)、しきい値下の漏れがゲートバイアスに対して指数的に変わるという記述、しきい値電圧の温度変化 −4 mV/K ~ −2 mV/K
- Thermal voltage — Wikipedia : VT = kT/q の定義と 300 K で約 25.85 mV という値
- Organic field-effect transistor — Wikipedia : 素子が消える能力を表すオン・オフ電流比 106~108
- Indium gallium zinc oxide — Wikipedia : IGZO トランジスタがやや光感受性をもち、光子エネルギー 3 eV 以上の深い紫〜紫外の領域で効果が際立つという記述
- Hysteresis-Induced Performance Variations and Interfacial Charge Trapping Characteristics in Carbon Nanotube Thin-Film Transistors, Nanomaterials (DOI 10.3390/nano16140847) : ゲートによるヒステリシスを順方向掃引と逆方向掃引から求めたしきい値電圧の差と定義するという記述、その原因を界面の電荷捕獲と吸着した酸素・水の分子で説明する記述
- Hysteresis in the transfer characteristics of MoS2 transistors (arXiv:1708.01238) : ゲート電圧・圧力・温度・光の強さのうちどれを上げてもヒステリシスが強まるという報告
- ※ 上の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。