前の二編で曲線を二枚描きました。一つは出力曲線です。ゲート電圧を一つの値に縛っておき、ドレイン電圧を掃きながら電流を記録したものです。もう一つは伝達曲線です。ドレイン電圧を縛っておき、ゲート電圧を掃きながら記録したものです。
どちらの曲線も点の集まりです。電圧を 0.01 V ずつ動かしながら測れば、点は数千個たまります。ところが素子を説明するときに実際にやり取りするのは、数千個の点ではなく数個の数字です。しきい値電圧、移動度、オフ電流といったものです。
ここで問題が生じます。曲線のどこにも「この点がしきい値電圧だ」とは書かれていません。曲線はただなめらかに曲がっているだけです。ですから数字を一つ取り出すには、どこをどう読むかをまず約束しなければなりません。その約束がパラメータです。
本文中の条件値は計算の過程を示すための例であり、特定の企業の仕様ではありません。引用した数値はすべて公開文献で確認した値で、出典は記事の末尾に残します。
パラメータは測定値ではなく定義値です
しきい値電圧を例に挙げてみます。ウィキペディアの「Threshold voltage」の項目は、しきい値電圧をソースとドレインのあいだに電流の流れる道をつくるために必要な最小のゲート–ソース電圧と定義しています。言葉としては明快です。
ところが「Threshold voltage」の項目は、すぐに但し書きを添えます。ゲート電圧がしきい値より下のときでも電流は流れます。小さいだけで、ゲート電圧に応じて指数的に変わります。前編で対数軸を使った理由がこれでした。
そうすると「電流が流れ始める電圧」という言い方が困ったことになります。電流ははじめから流れていたのですから、流れていなかったものが流れ始める地点そのものがありません。
そこで「Threshold voltage」の項目は、実際に使われるやり方をこう記しています — 部品のデータシートは250 μA や 1 mA といった、測定できる電流量を定めておき、その電流に届くゲート電圧をしきい値電圧として明示する、というものです。
しきい値電圧は素子から読み取った値ではなく、人が「これだけ流れたらついたことにしよう」と定めた値です。その数字を 250 μA から 1 mA に変えれば、素子に手を触れなくてもしきい値電圧は上がります。
これが本編の中心の主張です。パラメータは測定値ではなく定義値です。測定は曲線までであり、数字は定義がつくります。
しきい値電圧一つに定義がいくつもあります
定義が一つだけならば、それでも混乱はないでしょう。ところが一つではありません。
オルティス-コンデ(Ortiz-Conde)らが 2002 年に出した総説論文は、しきい値電圧の抽出法を集めて比較したもので、線形領域の伝達特性から取り出す方法だけで 11 種、飽和領域 2 種、非晶質薄膜素子用 1 種を扱っています。一つの量に 14 通りのものさしがあるわけです。そのうち性格のはっきりした三つだけを見ます。
一定電流法 — 基準線を一本引く
電流があらかじめ定めておいた値に届くゲート電圧をしきい値電圧とします。先に見たデータシートのやり方がこれです。オルティス-コンデらの総説論文は、この方法が使う電流が任意に定めた値である点をはっきりさせています。
仮定はこうです — 「オンとオフを分ける電流の大きさを、私たちはあらかじめ合意できる」。計算が簡単で自動化しやすいやり方です。その代わり、合意した数字が変われば結果も変わります。
線形外挿法 — もっとも急なところに定規を当てる
伝達曲線を線形軸で描いたうえで、傾きがもっとも大きい点で接線を引きます。その接線が電流 0 と交わるゲート電圧から、ドレイン電圧の半分を引いた値をしきい値電圧とします。
ここでいう「傾き」がすなわち相互コンダクタンスです。ウィキペディアの「Transconductance」の項目はこれを出力電流の変化を入力電圧の変化で割った量と定義し、単位はジーメンス(S)だと記しています。ゲートが電流を握っている力です。
仮定はこうです — 「ついた後の電流はゲート電圧に直線で比例し、その直線を後ろへ延ばせばつき始めた地点が出る」。理想的な素子であれば正しい言い方です。実際の素子では電圧を上げるほど移動度が落ちて曲線が直線から外れますから、どの点に定規を当てるかによって結果が動きます。
二次微分法 — 折れるところを探す
電流をゲート電圧で二度微分し、その値がもっとも大きくなる電圧をしきい値電圧とします。
仮定はこうです — 「つくとは曲線の折れであり、折れがもっとも急なところがその地点だ」。しきい値の下で電流が 0 であり、しきい値の上で電圧に比例するならば、一次微分は階段になり、二次微分はその階段が立つ場所で尖った峰になります。実際の素子では階段が丸くなりますが、峰は残ります。その代わり微分を二度行うので、測定の雑音が大きく増幅されます。
同じ曲線に三つのものさしを当ててみます
どれだけ分かれるのかを直に計算してみます。本稿は次の模型と値を仮定して計算します。
- 伝達曲線の模型 — ID = K · nVT · ln(1 + e(VG − Vth0) / nVT) ÷ (1 + θ(VG − Vth0))
- この式はしきい値の下では指数曲線になり、しきい値の上では直線に近づき、θ の項が移動度の落ちる分を担います。
- K = 1.0 × 10−5 A/V · n = 1.4 · VT = 0.0259 V(常温の熱電圧) · Vth0 = 1.000 V · θ = 0.30 V−1 · VDS = 0.1 V · W/L = 10
模型の中に書き入れた「真の値」は 1.000 V です。では、この一本の曲線に三つの方法を当ててみます。
- 線形外挿法 — 傾きがもっとも大きい点は VG = 1.142 V で、その接線の電流 0 切片は 0.990 V です。ここから VDS/2 = 0.05 V を引くと 0.940 V。
- 二次微分法 — 二次微分が最大になる電圧は 0.996 V。
- 一定電流法 — 基準を (W/L) × 10−7 A = 1 μA と取れば 1.100 V。
同じ曲線です。測り直してもいませんし、素子を替えてもいません。それなのに、もっとも低い値ともっとも高い値が 0.160 V 開きます。真の値にもっとも近いのは二次微分法ですが、それはこの模型が折れを持っているからであって、その方法がつねに正しいからではありません。
ですからパラメータには方法と条件がついて回ります
測定条件も値を変えます。前編で、伝達曲線はドレイン電圧をいくつに縛っておくかによって形が変わると述べましたが、しきい値電圧も同じです。マクリス(Makris)とブッハー(Bucher)の 2021 年の論文は、冒頭の段落でこの事情を押さえています — ドレイン電圧の全範囲を一つのものさしで覆うしきい値電圧の抽出法はまれであり、その理由は既存の方法が曲線の特定の区間だけを見てつくられたからだ、というものです。線形領域でつくったものさしを飽和領域にそのまま当てても合いません。
マクリスとブッハーの論文は、いくつもの方法を同じ素子に当てて比べたうえで、方法ごとにしきい値電圧がドレイン電圧につれて動く様子が互いに違うと報告しています。ある方法は飽和から外れるときに値が揺れ、ある方法はほぼ一定です。
ここから結論が一つ出ます。抽出方法と測定条件を明かしていないパラメータは数字であって情報ではありません。方法の違う二つの数字を並べて大小を論じることも比較ではありません。同じ曲線から 0.940 と 1.100 が同時に出てくるというのに、二つの素子の 0.94 と 1.10 を見比べて何が言えるでしょうか。
曲線一枚が抱えているパラメータの地図
しきい値電圧だけがそうなのではありません。伝達曲線一枚からいくつものパラメータが出てきますが、それらは互いに違う区間から出てきます。
オフ領域 — オフ電流
ゲートを十分に下げた側です。ここに残る底の電流がオフ電流です。値そのものよりも、どのゲート電圧で読んだのかが併記されていてはじめて意味が立ちます。
しきい値下の区間 — 傾き
対数軸でほぼ直線に見える区間です。ここから出る値がしきい値下の傾き(S)です。ウィキペディアの「Subthreshold slope」の項目はこの値を電流が十倍に上がるのに必要なゲート電圧として使い、単位は V/decade、ここでいう decade が電流の十倍だと記しています。「Subthreshold slope」の項目は、常温 300 K で 60 mV/decade が理論的な下限だと記しています。
先の仮定した模型で計算すると、この区間の傾きは 84 mV/decade であり、模型が抱えている理論値 ln10 × n × kT/q = 2.303 × 1.4 × 0.0259 V = 83.5 mV/decade と合います。ここでいう n は、ゲートがチャネル電位をどれだけ直に握っているかを表す因子で、1 に近いほど傾きは急になります。
しきい値付近 — しきい値電圧
先に見たとおりです。この区間でだけ定義がいくつにも分かれます。
オン領域 — オン電流と移動度
十分についた側です。電流の大きさそのものが駆動能力であり、電流の傾きから移動度が出ます。ウィキペディアの「MOSFET」の項目が載せる線形領域の電流式から出発します。
ID = μ Cox (W/L) [ (VGS − Vth) VDS − VDS2/2 ]
ドレイン電圧をごく小さく取れば、後ろの二乗の項は無視できます。残った式をゲート電圧で微分します。
gm = ∂ID / ∂VGS = μ Cox (W/L) VDS
移動度について解くと、次のようになります。
μ = gm L ÷ ( W Cox VDS )
右辺をご覧ください。移動度を得るには傾き一つでは足りず、チャネル幅 W、チャネル長 L、単位面積あたりのゲート容量 Cox、ドレイン電圧 VDS をすべて知っていなければなりません。四つのうち一つでも違えば別の値が出ます。移動度もまた測る値ではなく計算して出す値です。
同じ値がまた出てくるか — 反復性と再現性
定義を定めたら終わりではありません。その定義で取り出した数字が役に立つには、もう一度やっても同じ値が出てこなければなりません。二つに分けて見ます。
ウィキペディアの「Repeatability」の項目は、反復性を同じ測定条件で続けざまに測った結果どうしがどれだけ近いかと定義し、その「同じ条件」に何が入るのかを並べています — 同じ実験道具、同じ観察者、同じ条件で使う同じ測定装置、同じ場所、そして短い期間のうちの反復です。同じ素子を同じ装置で今朝十回測って値が散らばらなければ、反復性があります。
ウィキペディアの「Reproducibility」の項目は、再現性を独立した別の研究陣がやり直しても同じ結果に至ることとして使います。「Reproducibility」の項目は、実験室間の実験で使う狭い意味も記しています — 互いに異なる実験室で得た二つの測定値の差の標準偏差を再現性と呼ぶ、というものです。反復性が一つの実験室の中の散らばりだとすれば、再現性は実験室をまたいだ散らばりです。
二つがなぜどちらも必要なのかは、前の話とそのままつながります。反復性は装置と素子の問題です。接触が揺れたり温度が変わったりすれば、同じ素子でも値が散らばります。ところが再現性は定義の問題です。こちらが線形外挿法で 0.940 V を得て、あちらが一定電流法で 1.100 V を得たなら、装置がどれだけ正確でも再現性は成り立ちません。素子が違うのではなくものさしが違うのです。
ですからパラメータをやり取りするときは、数字の前に抽出方法と測定条件を添えます。それは格式ではなく再現性の前提条件です。
寸法が値を変えます — W と L
先に書いた電流式には (W/L) が掛かっていました。W はチャネルの幅、L はチャネルの長さです。水路にたとえれば幅と長さです。広いほど多く流れ、長いほど流れにくいので、電流はおおむね W/L に比例します。飽和領域の式も同じです。
ID = (μn Cox / 2) (W/L) [ VGS − Vth ]2 [ 1 + λ VDS ]
寸法は W/L という一つのかたまりとしてだけ入ってきます。ですから寸法の分を切り離すには、電流を W/L で割りさえすればよいのです。
数字で見てみます。本稿は μeffCox = 1.0 × 10−7 A/V2、オーバードライブ電圧 (VGS − Vth) = 1 V を仮定して飽和領域で計算します。
- 素子 A — W = 20 μm、L = 10 μm ですから W/L = 2。ID = (10−7/2) × 2 × 12 = 100 nA
- 素子 B — W = 50 μm、L = 5 μm ですから W/L = 10。ID = (10−7/2) × 10 × 12 = 500 nA
- 電流を W/L で割れば、どちらも 50 nA です。
同じ材料、同じ電圧なのに電流が五倍違います。割ってやればその違いは消え、材料と界面の分だけが残ります。
この正規化を落とすと定義そのものが崩れます。基準電流を 100 nA に固定した一定電流法を例に、飽和領域の式をひっくり返してオーバードライブ電圧を求めてみます。
VGS − Vth = √( 2 ID ÷ ( μ Cox (W/L) ) )
- 素子 A — √(2 × 10−7 ÷ (10−7 × 2)) = √1.0 = 1.000 V
- 素子 B — √(2 × 10−7 ÷ (10−7 × 10)) = √0.2 = 0.447 V
二つの素子のしきい値電圧が同じでも、読まれた値は 0.553 V も開きます。素子が違うのではなく、基準が寸法についていけなかったのです。
基準電流を (W/L) × 50 nA に変えてみます。素子 A は 100 nA、素子 B は 500 nA が基準になります。
- 素子 A — √(2 × 10−7 ÷ (10−7 × 2)) = 1.000 V
- 素子 B — √(2 × 5 × 10−7 ÷ (10−7 × 10)) = 1.000 V
同じになります。先の図で一定電流法の基準を (W/L) × 10−7 A と書いたのはこのためです。マクリスとブッハーの論文も、定電流法の基準を IT = 0.618 · I0 · (W/L) のように W/L に比例する形で書いています。ものさしが寸法についていってこそ、寸法の違う素子どうしで同じものさしになります。
まとめ
- 曲線には「ここがその値だ」という印がありません。パラメータは測定値ではなく定義値であり、測定は曲線までです。
- しきい値電圧一つにも定義がいくつもあります。同じ曲線に線形外挿法・二次微分法・一定電流法を当てると 0.940 V・0.996 V・1.100 V が出ます。ですからパラメータは抽出方法と測定条件を添えてやり取りされなければならず、方法の違う二つの数字を見比べることは比較ではありません。
- 曲線一枚から区間ごとに違うパラメータが出てきます — オフ側からオフ電流、しきい値下から傾き(V/decade)、しきい値付近からしきい値電圧、オン側からオン電流と移動度です。
- 反復性は同じ条件で測り直しても同じ値が出ること、再現性は別の場所で測っても同じ値が出ることです。定義を固定しなければ再現性は成り立ちません。
- 電流はおおむね W/L に比例しますから、寸法の違う素子を見比べるには W/L で割っておいて見なければなりません。基準電流も W/L に比例させる必要があります。
次編はこの地図の真ん中の枠に入ります — しきい値電圧一つを取り上げ、その数字が何によって動くのかを見ます。
参考資料
- Threshold voltage — Wikipedia : しきい値電圧の定義(伝導経路をつくる最小のゲート–ソース電圧)、しきい値の下でも電流が指数的に流れるという記述、データシートが 250 μA または 1 mA といった測定可能な電流量でしきい値電圧を明示するという記述
- MOSFET — Wikipedia : 線形領域と飽和領域のドレイン電流式(どちらも寸法が W/L 一つのかたまりとして入る)、オーバードライブ電圧の定義
- Transconductance — Wikipedia : 相互コンダクタンス gm = ΔIout/ΔVin の定義と単位ジーメンス(S)
- Subthreshold slope — Wikipedia : 単位 V/decade と decade が電流の十倍であるという記述、常温 300 K での 60 mV/decade という下限
- Repeatability — Wikipedia : 反復性の定義と「同じ条件」の一覧(同じ道具・観察者・装置・場所、短い期間のうちの反復)
- Reproducibility — Wikipedia : 再現性の定義(独立した別の研究陣による再現)、実験室間の二つの測定値の差の標準偏差を再現性と呼ぶという記述
- A. Ortiz-Conde ほか, “A review of recent MOSFET threshold voltage extraction methods”, Microelectronics Reliability 42 (2002) 583–596 : 線形領域の伝達特性からしきい値電圧を取り出す方法 11 種、飽和領域 2 種、非晶質薄膜素子用 1 種を集めて比較した総説
- A. Ortiz-Conde, F. J. García-Sánchez, “Exploring MOSFET threshold voltage extraction methods”, IEEE EDS Distinguished Lecture, INAOE (2013) : 上記の総説論文の著者らによる講義資料。一定電流法が任意に定めた電流を使うという記述、線形外挿法の手順(一次微分が最大となる点の接線切片から VD/2 を引く)、二次微分法が d2ID/dVG2 の最大点を使う根拠
- N. Makris, M. Bucher, “On MOSFET Threshold Voltage Extraction Over the Full Range of Drain Voltage Based on Gm/ID”, arXiv:2106.00747 (2021) : 既存の抽出法の多くが曲線の特定の区間だけを見てつくられたという記述、抽出されたしきい値電圧が方法ごとにドレイン電圧につれて違う動きをするという比較、定電流法の基準を IT = 0.618 · I0 · (W/L) と置いた例
- ※ 上の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。