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ディスプレイ・バックプレーン工程 #09 — 成膜 ① 真空とプラズマ、すべての膜の舞台

2026年9月12日·閲覧 6·コメント 0

シリーズディスプレイ・バックプレーン工程·9 / 20話

ここまでの工程には共通点が一つありました。コーティングも、熱処理も、レーザーも、ドーピングも —— すべて真空チャンバの中で行われたという点です。そして残る工程(成膜・エッチング)は、そもそも真空とプラズマなしには成立しません。成膜の章の第一回である今回は、その舞台装置そのものを扱います。

真空とは何か

真空(vacuum)はラテン語の vacua、「空いている場所」から来ています。理想的な真空の圧力はゼロですが、現実には存在しません。工学的には大気圧より低い圧力の空間を意味し、どれだけ空いているかで等級を分けます(Vacuum)。

数字で見ると感覚がつかめます。理想気体の状態式から、分子数密度は圧力をボルツマン定数と温度の積で割った値になります。

分子数密度 n = P ÷ (k × T)  (k = 1.381×10⁻²³ J/K)

20℃・1気圧(101,325Pa)を入れると、1cm³の中に分子が約2.5×10¹⁹個という値が出ます。真空をつくるとは、この数字を減らす作業です。

真空の等級 —— 低真空、中真空、高真空、超高真空

なぜ真空でなければならないのか

真空は三つのものを提供します。

  • きれいな空間 —— 空気中の酸素・水分・ほこりがないからこそ、狙った物質だけが膜になります。残留気体はそのまま膜の不純物になります。
  • 蒸発しやすい低圧 —— 圧力が低いと物質は容易に気化し、気化した原子が他の分子とぶつからずに基板まで直進できます。この「平均自由行程」がチャンバの大きさより長くなければ成膜は成立しません。
  • 特別な環境 —— 圧力を下げると沸点が下がります。第3回で見た減圧乾燥がまさにこの原理でした。

平均自由行程の算数 —— 真空度を数字で読む

「真空がよい」とは実際に何を意味するのでしょうか。気体分子一個が他の分子とぶつかるまでに飛ぶ平均距離、すなわち平均自由行程(mean free path, λ)がその答えです(Mean free path)。剛体球モデルではλは次のように計算されます。

λ = k·T ÷ (√2 × π × d² × P)  (d = 分子の有効直径)

ここに常温(20℃)の窒素を入れてみます。窒素分子の有効直径を0.37nmとし、圧力だけを変えてλを計算した結果が下の表です。同じ表に単分子層形成時間も入れました —— きれいな表面が残留気体に覆われて一層の分子層ができるまでの時間で、気体分子の衝突フラックス P ÷ √(2π·m·k·T) を表面吸着サイト密度(1cm²あたり約10¹⁵個)で割って求めています。吸着確率を1と仮定した最短時間です。

圧力等級分子数密度(cm⁻³)平均自由行程 λ単分子層形成時間
760 Torr(大気圧)2.5×10¹⁹66nm3.4ns
1 Torr低・中真空3.3×10¹⁶50μm2.6μs
1 mTorr(10⁻³ Torr)高真空の入口3.3×10¹³50mm2.6ms
10⁻⁶ Torr高真空3.3×10¹⁰50m2.6秒
10⁻⁹ Torr超高真空3.3×10⁷約50km約43分

この表は真空工程のほとんどすべての判断を説明します。

  • 大気圧では何も飛べません。λは66nm —— 人の髪の毛の太さの千分の一です。原子がターゲットから飛び出しても、1μmも行かずに空気とぶつかります。
  • 1mTorr付近が分かれ道です。λは50mm —— チャンバ内のターゲットと基板の距離と同じ桁です。この帯域では粒子が数回ぶつかりながら来るので、直進性はやや乱れる代わりに基板全面へ均等に振りまかれます。第10回のスパッタリングがこの圧力帯を使う理由です。
  • 10⁻⁶ Torr以下は完全な直進の世界です。λは50m —— チャンバより二桁大きい。蒸発源から出た原子は一度もぶつからずに基板に到達します。影になる部分にはまったく膜が付かない理由でもあります。
  • きれいさには時間制限があります。10⁻⁶ Torrでは、できたてのきれいな表面が3秒で残留気体に覆われます。表面を本当にきれいな状態で扱うには超高真空まで下げて時間を分単位で稼ぐしかありません。成膜直前の洗浄と成膜の間の待ち時間を管理する理由はここにあります。

真空はポンプ一台ではつくれない

真空システムの構成 —— 低真空ポンプと高真空ポンプの二段排気

真空装置は思ったより複雑な配管システムです。チャンバ、複数のバルブ(ラフィング・メイン・逆流防止・リーク)、圧力帯ごとのゲージ、そして二種類のポンプで構成されます。

なぜポンプが二つなのか。高真空ポンプは大気圧では動作できないからです。先の表がその理由を示しています —— ターボ分子ポンプは高速回転する翼が分子を一方向に叩き出す装置ですが、それが成立するには分子が翼に当たる前に他の分子とぶつからないこと、つまりλが翼の間隔より大きいことが必要です。大気圧ではλは66nmしかないので、翼はただ空気をかき回すだけになります。そこでまず低真空ポンプ(ロータリー・ルーツ系)でおおよそ引いてから、メインバルブを開けて高真空ポンプに渡します。

ポンプは動作原理でも分かれます —— 気体を押し出す移送式(ロータリー・ルーツ・ターボ分子)と、気体を捕まえて閉じ込める捕集式(クライオ・イオン・吸着)です(Vacuum pump)。

ポンプ分類動作原理主な使用圧力帯
ロータリー(回転翼式)移送式偏心ロータが気体を圧縮して大気へ排出大気圧 → 10⁻³ Torr
ルーツ(機械式ブースター)移送式噛み合う二つのロータが大流量の気体を押し出す10 → 10⁻⁴ Torr
ターボ分子移送式高速回転する翼が分子に方向性のある運動量を与える10⁻³ → 10⁻¹⁰ Torr
クライオ(低温)捕集式極低温表面に気体を凝縮・吸着させて閉じ込める10⁻³ → 10⁻¹⁰ Torr
イオン(スパッタイオン)捕集式イオン化した気体を電極に埋め込んで閉じ込める10⁻⁵ → 10⁻¹¹ Torr

ターボ分子ポンプの系譜は興味深いものです。回転翼で分子を押し出すという発想自体は古いのですが、実用化の鍵は翼の形状軸をどう支えるかでした。放射状に伸びた翼をねじって重ねる配置のロータ構造が特許としてまとめられ(US 3,477,381 — Turbo-molecular pump)、その後、軸を接触なしで浮かせる磁気軸受が導入されたことで潤滑油がチャンバへ逆流する危険が消えました(US 4,111,595 — Turbomolecular pump with magnetic mounting)。半導体・ディスプレイ工程が要求する無油(oil-free)真空はこの系譜の上に立っています。

捕集式ポンプには決定的な性質が一つあります —— 気体を外に出さず中に溜め込むので、いつかは飽和します。クライオポンプを定期的に温めて捕らえた気体を放出する再生(regeneration)作業が必要な理由であり、この時間はそのまま設備稼働率から差し引かれます。

圧力を測る目 —— 一つの計器では足りない

圧力を測るゲージも一種類では足りません。先の表のとおり扱う圧力は大気圧から10⁻⁹ Torrまで十二桁にわたり、どんな物理量もその範囲全体で線形に応答しないからです。

  • 熱伝導方式(ピラニ・熱電対) —— 加熱した細線から気体が奪う熱量が圧力によって変わることを利用します。この原理は1930年代にはすでに微小な圧力変化を測る計器としてまとめられていました("The Pirani Gauge for the Measurement of Small Changes of Pressure," Phys. Rev. 37, 1102 (1931))。ただし圧力が非常に低くなると熱を運ぶ気体自体が残っておらず、感度を失います。
  • 隔膜方式(静電容量) —— 薄い膜が圧力に押されて撓む量を静電容量として読みます。気体種に依存しないという大きな利点があり、工程圧力制御の基準として使われます。
  • 電離方式 —— 気体を電子で叩いて電離し、そのイオン電流で圧力を換算します。高真空・超高真空の標準ですが、初期の形には限界がありました。電子が電極に当たって出る軟X線がコレクタに電流をつくり、実際より高い圧力を示す下限をつくっていたのです。コレクタを細い線に替えてこの下限を下げた改良が、今日の高真空ゲージの原型になりました("Extension of the Low Pressure Range of the Ionization Gauge," Rev. Sci. Instrum. 21, 571 (1950))。

プラズマ —— 第4の物質状態

固体・液体・気体・プラズマ —— 第4の物質状態と工程で使う理由

真空チャンバが舞台なら、その上で実際に働く役者がプラズマです。プラズマは電離した気体で、電気的に帯電した粒子と中性粒子が入り混じりながらも正電荷と負電荷の密度が等しく、巨視的には中性(quasi-neutral)な状態です(Plasma (physics))。

よく「第4の物質状態」と呼ばれ、宇宙の物質の大半がこの状態です。ネオンサイン、蛍光灯、オーロラ、太陽がいずれもプラズマです。「プラズマ」という名前と、その中で電荷が集団的に振動するという性質は、1920年代末の電離気体の研究で整理されました("Oscillations in Ionized Gases," Phys. Rev. 33, 195 (1929))。

なぜ工程にプラズマを使うのか —— 二つの温度

理由はただ一つ、温度です。反応気体を分解するにはエネルギーが要りますが、熱だけで行うなら数百〜数千℃が必要です。ガラス基板はその温度に耐えられません。

プラズマはこの問題を回避します。電場で加速された電子が中性気体分子と衝突して代わりに分解してくれるからです。ここで肝心なのは電子と気体の温度が互いに違うという点です。温度をエネルギーに換算すると、その格差が見えてきます。

1eV = 1.602×10⁻¹⁹ J ÷ 1.381×10⁻²³ J/K ≈ 11,600K  /  常温293K ≈ 0.025eV
構成員代表エネルギー温度に換算工程で担う仕事
電子数 eV(例:2eV)約23,000K衝突で分子を分解・電離 —— 化学反応の引き金
イオン0.03〜0.1eV程度数百 Kシース電位に引かれて表面を叩く
中性気体約0.03eV数百 K(300〜600K)反応の原料であり熱の担い手

同じ空間の中に2万度を超える電子数百度の気体が共存します。熱力学的平衡ならありえない状態なので、こうした放電を非平衡プラズマあるいは低温プラズマと呼びます。なぜ平衡にならないのか。答えは質量差です。

  • 電子は窒素分子より約5万倍軽い。同じ電場では電子だけが圧倒的に強く加速されます。
  • 軽い球が重い球にぶつかってもエネルギーはほとんど渡せません。弾性衝突で電子が渡すエネルギーの割合はおおよそ質量比の二倍 —— つまり一回の衝突で十万分の四(約0.004%)にすぎません。電子はいくらぶつかっても気体を温められないのです。
  • 代わりに分子を壊したり電離したりする非弾性衝突では、エネルギーを一気に渡します。だからエネルギーは熱ではなく化学反応へ流れていきます。

これが低温プラズマ工程のすべてです。気体全体を温めずに電子だけを熱くして化学だけを起こすこと —— おかげでガラス基板の上でも250〜400℃の水準で膜を積めます。実際の放電では電子のエネルギー分布は単一の値ではなく広く広がっており、その分布をプローブで測定して工程条件と突き合わせるのがプラズマ診断の基本作業です("Langmuir probe diagnostics of electron energy distributions with optical emission spectroscopy in capacitively coupled rf discharge in nitrogen," J. Appl. Phys. 110 (2011))。

プラズマをつくる方法

プラズマを点ける方式はいくつかに分かれます。

  • DC放電 —— 二つの電極の間に直流電圧をかけて放電を起こします。単純ですが絶縁体を扱えません —— 表面に電荷が溜まって放電が止まるからです。
  • RF放電(容量結合) —— 高周波電力を使います。産業標準の周波数は13.56MHzで、国際的に産業・科学・医療用に割り当てられた帯域です(ISM radio band)。通信帯域ではないので電波干渉の規制が緩いという、きわめて現実的な理由で定着しました。電圧の極性が変わり続けるため絶縁体表面にも電荷が溜まらず、絶縁膜の成膜・エッチングが可能になります。
  • 高密度プラズマ —— 誘導結合(ICP)、マイクロ波、ECR、ヘリコンなどでプラズマ密度を大きく上げる方式です。電子温度は下げつつ密度は上げられるので損傷が少なく均一性が良い。磁場で電子を共鳴させ、非常に低い圧力でも密なプラズマをつくるECR方式が代表例です("Very-low-pressure deposition by electron cyclotron resonance plasma chemical vapor deposition method," J. Appl. Phys. 67, 6281 (1990))。
方式電力結合プラズマ密度イオンエネルギー制御性格
DC放電直流電極低い印加電圧と絡む構造が単純、絶縁体は不可
RF容量結合(CCP)平行平板電極中程度自己バイアスで決まる —— 密度と絡む絶縁膜が可能、汎用
ICP・ECRなど高密度コイル・マイクロ波(+別途基板バイアス)高い密度と切り離して独立制御低圧・低損傷・良好な均一性

表の右二列が高密度プラズマの登場した理由を要約しています。容量結合方式では電力を上げると密度とイオンエネルギーが一緒に上がります。「反応は活発に、しかしイオンは穏やかに」という組み合わせがつくれないということです。プラズマ生成と基板バイアスを別々の電源に分ければ、この足かせが外れます。

RF放電で知っておくべき現象が一つあります。電子はイオンよりはるかに軽くて速いので、電極により多く到達します。その結果、電極が負に帯電して自己バイアス(DC self-bias)が生じ、プラズマと電極の間に電位差ができます。この電位差がイオンを基板側へ引き寄せ —— 成膜では膜の緻密度を上げるのに使われ、エッチングでは垂直方向に削る力になります(第14・15回で再会します)。

諸刃の剣 —— プラズマ損傷

プラズマは万能ではありません。20eV以上の高いエネルギーをもつイオンが基板を叩くと膜に損傷を与えることがあります。先の換算を使えば20eVは約23万Kに相当する運動エネルギーであり、シリコン格子の結合を切るには十分すぎます。また低い温度で反応が起こるため、副生成ガスが不完全な状態で排出され、排気系に負担をかけることもあります。

そのため工程方式ごとに損傷・密度・均一性の釣り合いどころが違います。DCは低温・中程度の損傷、RF容量結合は中程度の密度、ICP・ECRのような高密度プラズマは低い電子温度・高い密度・非常に低い損傷・良好な均一性を出します。目的に応じて舞台装置を選んで使うわけです。

よくある誤解

  • 「真空は何もない空間だ」 —— 違います。表のとおり10⁻⁶ Torrの「高真空」でも1cm³あたり分子が330億個もあります。真空は空っぽかどうかの問題ではなく、残った分子がどれだけ邪魔になるかの問題です。
  • 「真空度は高ければ高いほどよい」 —— 違います。スパッタリングはプラズマを維持する気体が必要なので、むしろmTorr帯までわざと戻します。目標真空度は「できるだけ低く」ではなく「工程が要求するλに合わせて」です。
  • 「プラズマは熱い」 —— 太陽やアークはそうですが、工程用の低温プラズマの気体温度は数百Kにすぎません。熱いのは電子だけで、電子は質量が小さすぎて手に触れる温度をつくれません。
  • 「ポンプの容量を上げれば速く排気できる」 —— 排気速度はポンプではなく配管のコンダクタンスが決める場合が多いのです。高真空では分子が壁にぶつかりながらランダムに行き来するので、配管が細かったり長かったりすれば、どんなに大きなポンプを付けてもその喉の分しか引けません。

現場は何を見張るのか —— 管理ポイント3

  • 到達真空度とリーク —— チャンバが目標圧力まで下がるか、そしてその圧力を維持するか。ポンプを閉じたあとの圧力上昇率を測れば、漏れと脱ガスを切り分けて診断できます。微細な漏れは膜の不純物として直ちに現れます。
  • プラズマ安定性 —— 印加電力、反射波、圧力が揺れると膜の厚さ・応力・組成も一緒に揺れます。とくに反射波は整合回路とチャンバ状態を同時に映す指標なので、毎ラン記録して傾向で見ます。
  • チャンバ清浄度 —— 壁に積もった付着物がある瞬間に剥がれてパーティクルになります。定期的なチャンバ洗浄(プラズマクリーニングを含む)と部品交換周期の管理が、そのまま歩留まりです。

舞台と役者が整いました。次回(第10回)は、この舞台の上で行われる最初の公演 —— スパッタリングで金属配線を積む仕事を見ます。

参考資料

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