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半導体からトランジスタまで #02 — エネルギーバンドとドーピング:通さない物質を通すようにする方法

2026年9月7日·閲覧 31·コメント 0

シリーズ半導体からトランジスタまで·2 / 9話

前回は問いを一つ残しました。純粋なシリコンは電子がすべて結合に縛られていて電気がほとんど通らないと言いましたが、それなら温度を上げたときに通るようになる電子はどこから来るのかです。

答えるには道具が一つ必要です。電子が持ちうるエネルギーを図に描く方法、エネルギー帯です。

本文の計算に登場する条件値(濃度・温度など)は計算の過程を示すためのであり、特定の会社の仕様ではありません。引用した数値はすべて公開文献で確認した値で、出典は文末に残します。

電子はどんなエネルギーでも取れるわけではない

原子一つの中で、電子は決まった殻にしかいられません。殻と殻のあいだの中途半端な場所にはとどまれません。

原子が数え切れないほど集まって結晶になると、これらの席が互いに重なって帯(band)になります。狭い階段が幅広い階層に変わるようなものですが、なぜそうなるのかはもう一段下りないと見えません。ウィキペディア「Electronic band structure」の項目は、原子が多数集まるとそれぞれの離散エネルギー準位が N 個に分裂し、めいめい異なるエネルギーを持つと記しています。N は互いに軌道を混ぜ合う原子の数です。

前回、シリコン結晶 1 cm3 の原子数を約 5.0 × 1022 個と数えました。「Electronic band structure」の項目も固体中の原子数を N ≈ 1022 の規模に取り、分裂した準位がそれだけ多くなると間隔が事実上消えて連続体、すなわちエネルギー帯を成すと記述しています。階段一段が 1022 個に割れれば、もはや階段には見えません。

埋まる順序も決まっています。「Electronic band structure」の項目は、パウリの排他原理が一つの軌道に入る電子を二つに制限し、帯はエネルギーの低い側から埋まっていくと記しています。半導体を見るとき重要な階層は二つです。

  • 価電子帯(valence band) — 共有結合に縛られた電子たちが座っている階層です。持ち場を守っているので電流を運べません。
  • 伝導帯(conduction band) — 結合から解き放たれ、結晶の中を動き回れる電子たちの階層です。ここへ上がった電子だけが電流になります。

二つの階層のあいだには電子がとどまれない区間があります。この区間をバンドギャップ(band gap)、日本語では禁制帯と呼びます。電子はこの隙間にまたがることができず、下の階にいるか上の階へ渡ったかのどちらかです。

三つの物質の違いはこの隙間一つだ

導体・半導体・絶縁体の違いが、この図では簡単になります。

  • 導体 — 二つの帯がくっついているか重なっています。渡るべき隙間そのものがないので、電圧をかければすぐ流れます。
  • 絶縁体 — 隙間が広すぎます。常温の熱では誰も渡れません。
  • 半導体 — 隙間が中途半端に狭いのです。大半は渡れませんが、ごく一部は渡ります。

ウィキペディア「List of semiconductor materials」の項目は、シリコンのバンドギャップを 1.12 eV と記しています。この「中途半端さ」が半導体のすべてです。

導体・半導体・絶縁体のエネルギー帯の比較 — 二つの帯がくっついた導体、1.12 eV だけ開いた半導体、渡れないほど広い絶縁体

どれだけ中途半端なのかを数字で測ってみると

eV は電子一つが 1 V の電位差を渡るときに得るエネルギーです。ジュール(J)に直すには電子の電荷 1.602177 × 10-19 C を掛ければよいので、バンドギャップ 1.12 eV は 1.79 × 10-19 J です。桁だけ見ればとんでもなく小さいものの、電子一つにとっては大きな値です。どれだけ大きいかは熱エネルギーと並べてこそ見えてきます。

常温で熱が電子に与えるエネルギーの大きさは kT で見積もります。k はボルツマン定数 1.380649 × 10-23 J/K、T は絶対温度です。300 K を入れると

kT = 1.380649 × 10-23 × 300 = 4.142 × 10-21 J

電子ボルトに直すには電子の電荷 1.602177 × 10-19 C で割ります。

kT = 4.142 × 10-21 ÷ 1.602177 × 10-19 = 約 0.0259 eV

バンドギャップ 1.12 eV の43 分の 1 です。平均的な熱エネルギーではとても届かないという意味です。ところが熱はすべての電子に等しく分けられるわけではありません。運よく平均よりはるかに大きなエネルギーを受け取る電子がごく少数生まれ、その数個が隙間を渡ります。

何個ほどでしょうか。ウィキペディア「Charge carrier density」の項目は、300 K のシリコンの真性キャリア濃度を 9.65 × 109 cm-3 と記しています。純粋なシリコン 1 cm3 に、自力で解き放たれた電子が約 96 億個あるという意味です。

多く見えますが、比べればそうではありません。ウィキペディア「Doping (semiconductor)」の項目も、同じ体積のシリコン原子を約 5 × 1022と記しています。割ってみると

5 × 1022 ÷ 9.65 × 1095 × 1012

原子5 兆個あたり自由電子一つです。だからこそ純粋なシリコンは事実上絶縁体のように振る舞います。

なぜ温度にそれほど敏感なのかも説明がつきます。渡る電子の数は温度に対して指数的に増えます。前回見た大きな負(-)の温度係数は、この指数から出てきます。

だから不純物を入れる

純粋だから通らないのであれば、方法はわざと汚すことです。この操作をドーピング(doping)と呼びます。

N 型 — 電子を余らせる不純物

シリコンは価電子が四つです。その席に価電子が五つの元素、たとえばリン(P)を挟み込みます。四つは隣と共有結合を作るのに使われ、一つが余ります

余った電子は結合に縛られておらず、弱い力でしか捕まえられていません。2017 年に Scientific Reports に載った研究は、シリコン中のリンのイオン化エネルギーの通用値を 45.59 meV と記しています。バンドギャップ 1.12 eV の25 分の 1 であり、先ほど計算した常温の kT 0.0259 eV で割れば 1.76 倍にすぎません。

そのため常温でこれらの電子はほぼすべて解き放たれます。電子を与える(donate)不純物なのでドナー(donor)といい、電子が多数となったこの半導体を N 型と呼びます。負電荷(Negative)の N です。

P 型 — 空席を残す不純物

逆に価電子が三つの元素、たとえばホウ素(B)を挟むと、結合が一つ空いてしまいます。この空席を正孔(hole)と呼びます。

ウィキペディア「Doping (semiconductor)」の項目は、シリコン中のホウ素の結合エネルギーを 0.045 eV と、約 1.12 eV のバンドギャップと並べて記しています。この程度なら隣の結合の電子が容易に移ってきて空席を埋めます。

埋めた瞬間、電子が出てきた場所が新たな空席になります。電子は左へ、空席は右へ移っていくわけです。そのため正孔は正電荷を帯びた粒子のように扱います。電子を受け取る(accept)不純物なのでアクセプタ、この半導体を P 型といいます。

どれだけ入れるのか

「Doping (semiconductor)」の項目は、ドーピングの度合いに名前を付けています。軽いドーピングは真性原子 1 億個あたり不純物一つ重いドーピングは 1 万個あたり一つで、後者を n+・p+ と記します。そして 1018 cm-3 を超えると常温で縮退(degenerate)とみなし、半導体より導体のように振る舞い、導電率が金属に比肩するようになると記述しています。この等級は前回の原子密度 5 × 1022 cm-3 で割れば濃度になります。

  • 軽いドーピング → 5 × 1022 ÷ 108 = 5 × 1014 cm-3
  • 重いドーピング → 5 × 1022 ÷ 104 = 5 × 1018 cm-3

この記事はドーピング濃度を 1016 cm-3仮定して計算します。二つの等級のあいだであり、縮退の線である 1018 より二桁低いので、まだ半導体らしく振る舞う区間です。シリコン原子 5 × 1022 個と比べると

5 × 1022 ÷ 1016 = 5 × 106

五百万個に一つです。ところがこの一つが自由電子を 96 億個から 1 京個へ、すなわち百万倍に増やします。半導体工学が結局のところ「どれだけきれいに作り、どれだけ正確に汚すか」の問題である理由です。

N 型と P 型のドーピング — 価電子が五つのリンは電子を一つ余らせ、価電子が三つのホウ素は結合を一つ空ける

多数キャリアと少数キャリア

N 型には電子が多く、P 型には正孔が多くあります。多い側を多数キャリア、少ない側を少数キャリアと呼びます。

ここでよく誤解が生まれます。「多い」と「少ない」を 9 対 1 くらいに想像してしまうのですが、実際の比は比べものにならないほど大きいのです。

ウィキペディア「Mass action law (electronics)」の項目は、熱平衡状態において電子濃度 n と正孔濃度 p の積が真性キャリア濃度の二乗で一定であると記述しています。

n × p = ni2

一方を増やせばもう一方がその分だけ減ります。足されるのではなく、積が縛られているのです。アクセプタを 1016 cm-3 入れた P 型を例に入れてみます。アクセプタがほぼすべてイオン化すると仮定すれば p ≈ 1 × 1016 cm-3 であり、

n = ni2 ÷ p = (9.65 × 109)2 ÷ 1016 = 9.3 × 103 cm-3

正孔 1 京個に対して電子 9,300 個。比はおよそ 1 兆対 1 です。9 対 1 ではなく 1,000,000,000,000 対 1 です。

そのため P 型の電流は事実上正孔だけが運ぶと見て差し支えありません。とはいえ少数キャリアに意味がないわけではありません。次回の逆方向漏れ電流がまさにこの極少数が作るものであり、素子の性能限界はしばしばこちら側が決めます。

質量作用の法則 np = ni² と計算 — アクセプタ 10¹⁶ cm⁻³ の P 型で正孔 10¹⁶、電子 9.3×10³ となり、およそ 1 兆対 1 になる

ドーピングは抵抗率をどれだけ変えるのか

「百万倍」では感覚がつかめません。直接計算してみるほうが早いでしょう。前回引用したウィキペディア「Electron mobility」の項目は、導電率を σ = e ( n μe + p μh ) と記しています。キャリア数にそれぞれの移動度を掛けて足し、電荷を掛けた値であり、抵抗率はその逆数 ρ = 1/σ です。代入する値はすでにすべて出ています — 電子の電荷 1.602177 × 10-19 C、移動度 μe = 1,400・μh = 450 cm2/(V·s)、真性濃度 9.65 × 109 cm-3 です。

まず純粋なシリコンです。n と p がともに 9.65 × 109 なので

σ = 1.602177 × 10-19 × 9.65 × 109 × (1,400 + 450) = 2.86 × 10-6 S/cm

ρ = 1 ÷ (2.86 × 10-6) = 3.5 × 105 Ω·cm、すなわち 3.5 × 103 Ω·m

前回引用した抵抗率の表の純粋シリコンの値は 2.3 × 103 Ω·m でした。移動度と真性濃度は試料や温度によって少しずつ変わるので、同じ桁であれば合致したと見ます。

今度はドナーを 1016 cm-3 入れた N 型です。電子はほぼ 1016、正孔は前節の関係式から 9.3 × 103 です。

σ = 1.602177 × 10-19 × ( 1016 × 1,400 + 9.3 × 103 × 450 ) ≈ 2.24 S/cm

ρ = 1 ÷ 2.24 = 0.45 Ω·cm、すなわち 4.5 × 10-3 Ω·m

二つの値を割れば 3.5 × 103 ÷ (4.5 × 10-3) ≈ 78 万倍です。五百万個に一つ挟み込んだ代償として、抵抗率が 78 万分の 1 になりました。ウィキペディア「Semiconductor」の項目がドーピングによって導電率が数千倍から数百万倍まで変わりうると記した範囲の中です。

フェルミ準位 — どこまで埋まっているのか

最後に身につけておくとよい概念が一つあります。フェルミ準位(Fermi level)です。

ウィキペディア「Fermi level」の項目は、これを固体に電子を一つ加えるのに要する熱力学的な仕事と定義しています。直感的には「電子がどのエネルギーまで埋まっているか」を示す基準線と見ればよいでしょう。

「Fermi level」の項目は一つのことをはっきりさせています — フェルミ準位に相当するエネルギーに状態があるなら、その状態が占有される確率は 50% です。同じ記述が「相当する状態があるなら」と条件を付けていることからも分かるように、そのエネルギーに状態がまったくない場合もあります。半導体でフェルミ準位が、電子がとどまれないバンドギャップのに置かれる場合がそれです — 基準線であるだけで、電子が座る席ではないからです。

50% という値を確率の式で確かめてみる

その 50% はどこから出た値でしょうか。ウィキペディア「Fermi–Dirac statistics」の項目は、エネルギーが ε の状態が埋まる確率を F(ε) = 1 ÷ ( e(ε − μ)/kT + 1 ) と記しています。μ がフェルミ準位です。ε = μ を入れると指数が 0 になって e0 = 1 となり、F = 1 ÷ (1 + 1) = 0.5 です。

この式で伝導帯の底の事情も見られます。純粋なシリコンでフェルミ準位がバンドギャップの真ん中に置かれるとします(これはこの記事の仮定です)。伝導帯の底までの距離はバンドギャップの半分である 0.56 eV であり、kT 0.0259 eV で割れば

(ε − μ) ÷ kT = 0.56 ÷ 0.0259 = 21.6

F = 1 ÷ (e21.6 + 1) ≈ 1 ÷ (2.4 × 109) ≈ 4 × 10-10

伝導帯の底に状態があっても、埋まる確率は24 億分の 1 という意味です。「Fermi–Dirac statistics」の項目は、(ε − μ) が kT よりはるかに大きいとき分母の +1 が無視されてこの式がマクスウェル–ボルツマン指数形に変わると記していますが、21.6 ならすでにその区間です。残るのは指数一つであり、その分母に温度が座っています。温度を上げればこの確率が指数的に大きくなります — 先ほど「温度に対して指数的に増える」と述べたことの根拠です。

ドーピングはこの線を動かします。N 型は電子が多いので線が伝導帯の側へ上がり、P 型は正孔が多いので価電子帯の側へ下がります。この線の高さの差が次回の主役です — N 型と P 型を貼り合わせると線の高さが互いに異なり、何が起こるのか。

まとめ

  • 電子は価電子帯伝導帯にしかいられず、そのあいだのバンドギャップにはとどまれません。シリコンのバンドギャップは 1.12 eV です。
  • 常温の熱エネルギー kT は計算すると約 0.0259 eV、バンドギャップの 43 分の 1 です。そのため自力で渡る電子は原子5 兆個あたり一つしかありません。
  • ドーピングは価電子 5 個(ドナー、N 型)または 3 個(アクセプタ、P 型)の元素を挟み込む操作です。イオン化エネルギーがバンドギャップの 25 分の 1 ほどなので、常温でほぼすべてが解き放たれます。
  • 多数と少数の比は n × p = ni2 が定めます。例示の条件ではおよそ1 兆対 1 です。
  • σ = e(nμe + pμh) で計算すると、抵抗率は純粋なときの 3.5 × 103 Ω·m からドーピング後の 4.5 × 10-3 Ω·m へ、78 万倍低くなります。

次回はいよいよ素子です。N 型と P 型を貼り合わせただけなのに境界に壁ができ、その壁一つが電流を一方向にだけ流すようにします。

参考資料

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