前の二回で材料はそろいました。電子が多い N 型と正孔が多い P 型です。それぞれはただの抵抗です。電圧をかければ流れ、向きを変えてかけても同じように流れます。
ところがこの二つを貼り合わせるだけで、突然まったく別の物になります。一方向には流れ、逆方向には止めます。何も足していないのにです。
この回は、その境界で何が起きているのかを見ます。半導体素子の大半はここから枝分かれしていきます。
本文の条件値は原理を示すための例であり、特定の会社の仕様ではありません。引用した記述はすべて公開文献で確認したもので、出典は文末に残します。
貼り合わせた瞬間に三つのことが順に起こる
P 型の切片と N 型の切片を原子のレベルでつなぎ合わせたとしましょう。実際には一つの結晶の中に不純物を違えて入れて作りますが、起こることは同じです。
① 互いに越えていく — 拡散
P 側には正孔がびっしりで、N 側は空っぽです。電子はその逆です。濃度が傾いていれば、粒子は多い側から少ない側へひとりでに広がります。
ウィキペディア「Depletion region」の項目は、これをインクが水に広がることにたとえています。誰が押してやらなくても、電圧をかけなくても起こることです。この移動を拡散(diffusion)といいます。
これまで扱ってきた電流とは出自が違います。ウィキペディア「Diffusion current」の項目は二つを並べて区別しています — ドリフト電流は電場がキャリアに力を加えて生じる流れであり、拡散電流は濃度が一様でないために生じる流れなので外部の電場がなくても流れるというものです。「Diffusion current」の項目はその密度を J = e De (dn/dx) と記しています。dn/dx が濃度の勾配、De が拡散係数です。
拡散係数は移動度から出てくる
ここで前回の値が一つよみがえります。移動度と拡散係数は他人同士ではありません。ウィキペディア「Einstein relation (kinetic theory)」の項目は、半導体で放物線型の分散とマクスウェル–ボルツマン統計を仮定すると、両者が D = μ kBT / q で結ばれると記述しています。後ろの kBT/q が前回計算した kT を電圧の単位で書いたもの、すなわち 0.02585 V です。前回の移動度をそのまま入れてみます。
- 電子 → De = 1,400 × 0.02585 = 36.2 cm2/s
- 正孔 → Dh = 450 × 0.02585 = 11.6 cm2/s
押されて進む速さ(移動度)と広がっていく速さ(拡散係数)が同じ数から出てきます。電子を捕まえているものが何であれ、押すときも広がるときも同じように捕まえるからです。
② 動けないイオンだけが残る
ここが決定的です。電子が N 側から P 側へ越えていったとき、去った場所に何が残るのかを見なければなりません。
N 型の自由電子はドナー原子(リン)が差し出したものでした。電子が去るとリン原子は陽イオンになりますが、このイオンは結晶格子に埋まっていて動けません。P 側も同様に、正孔が埋められたアクセプタ原子(ホウ素)は陰イオンとしてその場に残ります。
その結果、境界の近くには移動できるキャリアがなく固定されたイオンだけが残った層ができます。「Depletion region」の項目は、この領域に残るのはイオン化したドナー・アクセプタ不純物だけだと記述しています。キャリアが空になったという意味で空乏層(depletion region)と呼びます。
③ ひとりでに止まる
N 側の境界には陽イオンが、P 側の境界には陰イオンが並んでいます。この配置は電場を作り、その向きはよりによって越えてこようとするキャリアを押し返す側です。
拡散は押し続け、電場は押し返し続けます。二つが釣り合う地点で正味の移動が0 になります。空乏層の厚さはそこで決まります。
「0 になる」とは何も起きていないという意味ではありません。「Diffusion current」の項目は、PN 接合の平衡において順方向の拡散電流が逆方向のドリフト電流と釣り合い、正味の電流が 0 になると記述しています。二つの流れが同じ大きさで互いを打ち消しているだけで、それぞれは流れ続けています。この釣り合いを傾けるのが、次節でかける電圧です。
誰もかけていないのに電圧がある
空乏層の両側に電荷が分かれているので電位差が生じます。電池も配線もなしに、二つの切片を貼り合わせたという事実だけで生じた電圧です。これを内蔵電位(built-in potential)と呼びます。
ここで誰もが一度は考えます — 電線をつないでこの電圧を使えばよいのではないか。
できません。ウィキペディア「p–n junction」の項目が理由を記しています。金属の電線を半導体に当てるとその接触面にも電位差が生じ、回路を一周すればそれらが内蔵電位とちょうど打ち消し合います。そうでなければ、何のエネルギーも入れずに電気を取り出す装置になってしまいます。
大きさを自分で計算してみる
大きさは当て推量にする必要がありません。ウィキペディア「p–n junction」の項目が、非縮退半導体の平衡電位を式で載せています。
Vbi = (kT / q) · ln ( NA ND ÷ ni2 )
NA と ND は両側のドーピング濃度、ni は真性キャリア濃度です。前回使った値をそのまま入れます — 両側とも 1016 cm-3 にドーピングしたと仮定し、ni = 9.65 × 109 cm-3、kT/q = 0.02585 V です。
対数の中から始めます。ni2 = 9.31 × 1019 なので
NA ND ÷ ni2 = 1032 ÷ (9.31 × 1019) = 1.07 × 1012
ln(1.07 × 1012) = 27.70
Vbi = 0.02585 × 27.70 = 0.716 V
1 V より少し小さい値です。次回でシリコンダイオードの見かけのしきい値電圧が 0.6~0.7 V と出てきますが、それがここで計算した壁の高さと同じ場所にあるのは偶然ではありません。ダイオードを点けるということは、この壁をほとんど下げきるということだからです。
ドーピングを 100 倍にしても壁は少ししか高くならない
式でドーピング濃度が対数の中にあるという点が重要です。片側を 100 倍濃く、すなわち NA = 1018 cm-3 に上げてみます。
NA ND ÷ ni2 = 1034 ÷ (9.31 × 1019) = 1.07 × 1014、ln = 32.31
Vbi = 0.02585 × 32.31 = 0.835 V
濃度を 100 倍にしたのに壁は 0.12 V しか上がりませんでした。対数がそのように押さえてくれるのです。だからシリコン接合の内蔵電位は、ドーピングをどう取っても 1 V あたりにとどまります。温度は反対側から働きます — kT/q は温度に比例して大きくなりますが、温度が上がると ni が指数的に増えて対数の中をはるかに速く縮めるので、結果として壁は低くなります。
いよいよ外から電圧をかけてみる
素子の動作はすべてこの壁一つを押したり引いたりすることです。
順方向 — 壁を下げる
P 側にプラス、N 側にマイナスをかけます。外部電圧の向きが内蔵電位と逆なので壁が下がります。
壁が下がると空乏層が薄くなり、それまで押し返されていた多数キャリアが越え始めます。電流が流れます。ウィキペディア「p–n junction」の項目は、順方向バイアスが内蔵電位を下げて拡散電流を許すと記述しています。
逆方向 — 壁を高くする
逆にかけると外部電圧が内蔵電位と同じ向きなので壁がさらに高くなります。空乏層はいっそう厚くなり、多数キャリアはまったく越えられません。
ところが電流は完全に 0 ではありません。前回の少数キャリアを思い出す番です。P 型にも電子が 9,300 個ほどはありました。この極少数にとって高くなった壁はむしろ下りていく向きなので、止められません。そのためごく小さな電流が残り、これが逆方向飽和電流あるいは漏れ電流です。
「p–n junction」の項目は、逆方向バイアスでは少数キャリアによる小さな逆方向飽和電流だけが残ると記述しています。「飽和」という語が付いた理由がここではっきりします。この電流の大きさを決めるのはかけた電圧ではなく、少数キャリアがどれだけ生まれるかだからです。壁をいくら高くしても下りる用意のあるキャリアはそれだけしかないので、電流はそれ以上増えません。逆方向電圧を二倍、三倍に上げても電流がほとんどそのままなのはそのためです。
そして少数キャリアの数は温度に敏感です。前回、少数キャリア濃度を n = ni2 ÷ p で求めましたが、この式の分子に ni の二乗があります。ni が温度に対して指数的に増えるなら、その二乗は二倍の速さで増えます。だから漏れ電流は熱くなるほど大きくなります。のちに画面が暑い場所でおかしくなる現象の根はここにあります。
空乏層の厚さは電圧が決める
もう一つ押さえておかないと次回につながりません。空乏層は固定された厚さではありません。
ウィキペディア「Depletion region」の項目が載せている空乏幅の式を見ると、幅 w は (Vbi − V) の平方根に比例します。V はかけた電圧で、逆方向にかけると符号が反対なので括弧の中が大きくなります。
- 逆方向電圧を大きくすると → 空乏層が厚くなります。ただし平方根なので、電圧を四倍にして厚さが二倍になります。
- 順方向にかけると → 括弧の中が小さくなって薄くなります。
厚さを実際に測ってみると
「Depletion region」の項目が載せている式はこうです。
w ≈ [ 2 εr ε0 ÷ q · (NA + ND) ÷ (NA ND) · (Vbi − V) ]1/2
εr は比誘電率です。ウィキペディア「Relative permittivity」の項目の表はシリコンを 11.68 と記しており、ε0 は 8.854 × 10-12 F/m です。両側のドーピングは前と同じ 1016 cm-3、すなわち 1022 m-3 です。
前の塊 :2 × 11.68 × 8.854 × 10-12 ÷ (1.602 × 10-19) = 1.29 × 109
真ん中の塊 :(1022 + 1022) ÷ (1022 × 1022) = 2 × 10-22 m3
三つを掛けると 1.29 × 109 × 2 × 10-22 × 0.716 = 1.85 × 10-13 であり、平方根を取ると
w = 4.3 × 10-7 m、すなわち 430 nm
髪の毛の太さの 200 分の 1 ほどの層が、何もかけていないのにひとりでにできているのです。
今度は逆方向に 5 V をかけてみます。逆方向なら V が負なので括弧の中は 0.716 + 5 = 5.716 になります。
1.29 × 109 × 2 × 10-22 × 5.716 = 1.48 × 10-12、平方根は 1.21 × 10-6 m、すなわち 1,215 nm
電圧を 5 V もかけたのに厚さは 2.8 倍になっただけです。5.716 ÷ 0.716 = 7.98 で、その平方根が 2.83 だからです。平方根という言葉はこう読めばよいのです。
どちら側へ食い込むのかも数で出る
「Depletion region」の項目の空乏幅の式はドーピング濃度も含んでいます。ドーピングの薄い側へ空乏層はより深く食い込みます。「Depletion region」の項目はその根拠を電荷の釣り合いとして記しています — q NA wP ≈ q ND wN、すなわち P 側に現れた負電荷と N 側に現れた正電荷の総量が等しくなければならないというものです。「p–n junction」の項目も、空間電荷が両側で同じ大きさなので薄い側へより遠くまで伸びると記述しています。
イオン一つが出す電荷はどちら側でも同じです。ですからイオンがまばらな側では、同じ電荷を集めるためにより広い区間を空けなければなりません。先ほどの非対称の例で計算してみます。P 側 1018、N 側 1016 cm-3 なら Vbi は 0.835 V であり、全体の幅は上の空乏幅の式から 330 nm と出ます。電荷の釣り合いから wN ÷ wP = NA ÷ ND = 100 なので
- 濃い P 側 → wP = 約 3 nm
- 薄い N 側 → wN = 約 327 nm
330 nm のうち 327 nm が片側に偏っています。接合を対称に描く図が多いのですが、実際にはこのように偏っています。
壁の中にかかる電場
厚さが分かれば電場の大きさも見積もれます。電圧を厚さで割ればよいのです(この記事は電場が層の中で一様だとして平均だけを出します)。
- 何もかけていないとき → 0.716 V ÷ (4.3 × 10-7 m) = 約 1.7 × 106 V/m
- 逆方向 5 V → 5.716 V ÷ (1.21 × 10-6 m) = 約 4.7 × 106 V/m
1 V にも満たない電圧なのに、電場はメートルあたり百万ボルトを超えます。層がそれだけ薄いからです。
上げ続ければいずれ崩れる
それなら逆方向電圧を際限なく上げてもよいのでしょうか。「p–n junction」の項目は、電場の強さが臨界の水準を超えると空乏領域が降伏して電流が流れ始め、ツェナーまたはアバランシェの過程を経ると記しています。どちらの過程もそれ自体では素子を壊さないとも記されています。
アバランシェの側は名前のとおりです。ウィキペディア「Avalanche breakdown」の項目は、加速された電子や正孔が縛られていた別の電子を叩き出せるほど速くなり、外れたキャリアがまた同じことをして雪崩のように増えると記述しています。先ほど計算したメートルあたり数百万ボルトが、その「叩き出せるほど加速する」電場です。
「電圧を変えれば層の厚さが変わる」 — この一文をよく覚えておいてください。次回でこの接合がコンデンサになる理由がまさにこれであり、いま計算した 430 nm という厚さがそのまま次回の計算の代入値になります。
まとめ
- P 型と N 型を貼り合わせると拡散が起こり、越えた跡に動けないイオンだけが残って空乏層になります。
- そのイオンが作った電場が拡散をひとりでに止めます。両端に残る電位差が内蔵電位です。
- 内蔵電位は取り出して使えません — 金属接触面の電位差と打ち消し合います。
- 順方向は壁を下げて電流を流し、逆方向は壁を高くして止めつつ少数キャリアの漏れ電流だけを残します。
- 内蔵電位は Vbi = (kT/q)·ln(NAND/ni2) で計算され、例示の条件では 0.716 V と出ます。ドーピングを 100 倍にしても 0.835 V で、0.12 V しか上がりません。
- 空乏層の厚さは (Vbi − V) の平方根に比例します。同じ条件で 430 nm であり、逆方向に 5 V をかけると 1,215 nm で 2.8 倍になります。電圧で厚さを調節できるという意味です。
- 層は薄くドーピングした側へ偏ります。100 倍の非対称なら 330 nm のうち 327 nm が薄い側にあります。
次回はこの接合一つから異なる二つの部品が生まれる過程を見ます — ダイオードとコンデンサです。
参考資料
- Depletion region — Wikipedia :拡散のインクのたとえ、空乏領域にイオン化したドナー・アクセプタだけが残るという記述、空乏幅の式 w ≈ [2εrε0/q · (NA+ND)/(NAND) · (Vbi − V)]1/2、電荷の釣り合い qNAwP ≈ qNDwN と空乏層が薄い側へ偏るという記述
- p–n junction — Wikipedia :内蔵電位の式 (kT/q)·ln(NAND/ni2)、電場が拡散を打ち消すという記述、回路を閉じると金属の接触電位と打ち消し合って外部電流を出せないという記述、順方向の障壁低下と逆方向飽和電流、空間電荷が両側で同じ大きさなので薄い側へより伸びるという記述、臨界電場を超えるとツェナーまたはアバランシェで降伏するという記述
- Diffusion current — Wikipedia :拡散電流の定義と J = eDe(dn/dx)、ドリフト電流との対比、平衡で両者が打ち消し合って正味の電流が 0 だという記述
- Einstein relation (kinetic theory) — Wikipedia :半導体で D = μkBT/q に還元されるという記述
- Avalanche breakdown — Wikipedia :加速されたキャリアが縛られた電子を叩き出し、それが繰り返されてキャリアが雪崩のように増えるという記述
- Relative permittivity — Wikipedia :比誘電率の表 — シリコン 11.68(空乏幅計算の代入値)
- Electron mobility — Wikipedia :結晶シリコンの移動度 1,400・450 cm2/(V·s) — 拡散係数計算の代入値
- Mass action law (electronics) — Wikipedia :少数キャリア濃度を持ってくる際に使った関係 np = ni2
- Charge carrier density — Wikipedia :300 K のシリコンの真性キャリア濃度 9.65 × 109 cm-3 — 内蔵電位計算の代入値
- ※ 上記の一覧のうち Wikipedia の項目から引用した部分は CC BY-SA 4.0 ライセンスに従います。